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オンライン小説ブログ~青春文芸部~

「サークル執筆作品」
『落下流水』


2

2011.04.14  *Edit 

 玄関を開けて僕たち家族が使っている部屋に入る。そこにはじいちゃんがいて新聞を読んでいた。
「ただいま、じいちゃん」
「おお、お帰りぃ」
 そう言うと新聞を読む作業に戻る。そう言えば、じいちゃんは何でここにいるのだろう。特に話すことなどないと思うのだが。
「何やってんの、じいちゃん?」
「ん?」
 一瞬顔を上げるけれど、すぐに興味が失せたのか、新聞に視線が戻っていた。ついでに言っておくと、じいちゃんは僕の文庫本を枕にして、仰向けで新聞を読んでいる。
「いやぁなぁ、ウチはいつもは新聞取ってないからな。息子のを読んでいるのじゃ」
 そう言って訳を話す。やっと僕にも伝わった。まぁ訳さえ知ってしまえば、後はどうでもいい。僕は荷物を置くと、その場に横たわる。その頭に敷いている本を返してほしいと思う。
「なんじゃい、創人、元気ないのぉ」
 じいちゃんが起き上がって覗き込んできた。正直、このアングルは女性にやられるとうれしいものだけど、男のしかもじいちゃんはうれしくない。僕は思わず目を細めた。
「んでもないよ」
「ほーかほーか」
 じいちゃんは強いて興味がないように頷くと、また仰向けになって新聞を読もうとする。その前に素早くその本を奪い返す。
「何するんじゃ!」
 頭に枕があると思って仰向けになったじいちゃんは畳に思いっきり髪もろくに生えていない頭をズリッと擦り付ける。その摩擦は少しだけ見ていて痛そうだった。しかし、文庫本は返さない。これは僕のだ。
「この本は僕の。じいちゃんのではないの」
「少しくらい良いだろうに……」
 舌を打つと、近くにあった座布団を丸め始める。最初からそれを使えとツッコむ。じいちゃん曰く「堅さがいけん」なのだそうだ。僕には良く分からない理屈だった。
 じいちゃんは新聞を読む。僕は文庫本を開いた。まるで読まれていない文庫本は結構最初の位置から栞が動いていない。それを動かすには今のような時間は丁度いいのだろう。この訳のわからない気持ちをストーリーと感応していく中で整理していくのも悪くないと思わないか。
 チックタック、時計が呻く。小さな呻きはしかし、地味に部屋に浸透している。人が話している時は特に気にしないようなその音も、こういうときはボリュームを行き成り上げたように大きいから困りものだ。
 こういう事を考えている時点で話に集中していないんだろうと思うけれども、疑問が頭を掠めるたびにそれを弾いているから頷ける。どうやら、思考の扉は、僕が考えることを拒絶するだけには飽き足らずに、僕の普段の集中力も削ぎ落そうと言うのか。自慢ではないが、集中力は全くない僕である。
 ペラリ、パラリと読んでいないのに、なんとなくページは進んでいく。今度読んだたら間違いなく分からないだろうと思いつつも、ページをめくる指は止まってくれない。
「なぁ、創人」
 新聞を読みながら、独り言を奏でるように僕にその言葉が向いた。
「何?」
「聞きたいことがあってなぁ」
 僕はこの実りのない時間に少しばかり、退屈し始めていたから、その話を聞くことにする。さっきは読みたかったはずの文庫本がやけに手に重く感じるのだ。ウェイト運動してるみたいでなんか嫌だ。小説って心をダンベルトレーニングするはずにあるものだっけか。
 じいちゃんは珍しく、言葉が出ないようだ。こういうことはすっぱりとすっきりと言うタイプだと思っていたのだが。……そう言えば、あの祭りの時もそうだったと思いだしていた。そのあとのこともだ。そして落ち込んで行く悪循環。心の中で自分を嗤ってみる。余計に凹んだ。
「お前、この前の祭りの時のべっぴんさんとまだ仲がいいのか」
「ええ、うん……」
 さっき泣かしてしまいましたが、と自分を責めてみる。まだエムの境地に達していない僕のハートはブローキン。ナイフが心の中の優しいところにズブリズブリと別に優しい速度でなくてもいいのに、むしろ、遅い方が余計に痛いのに、進行速度遅めに刺さってきた。なんかとても痛い。そしてなぜじいちゃんが夕菜さんのことを話すのか、それがイマイチ掴めないでいる。
「そうかぁ……うん、そうか」
 じいちゃんは僕のあの一言に満足してしまったのだろうと思う。ただ頷くと、新聞に戻りそうになる。僕は慌てて止めた。自己完結とか勘弁してほしい。こちらは気になってしょうがないのだから。
「ちょっと待ってよ! なんでそこで終わるのさ、理由を教えてよ」
「いやぁ、ただなぁ」
「何‼」
「ええ、ああ……」
 じいちゃんが答えに渋るものだから、僕はさらに近寄った。そんなに僕に聞かれては都合の悪いことなのだろうか。それで、夕菜さんが関わっているのなら、余計に、引き下がるわけにはいかない。
 僕は文庫本を放り出すと、詰め寄った。瞳孔を一杯に開けて、ビビるじいちゃんにのしかかるように詰め寄った。やっと話すから、やめてくれ! と心からの叫びが聞こえたので、行動をやめる。さぁどうぞと先を促した。
 じいちゃんは細い目で僕を一瞥すると、ごほん、と咳払いを一つした。
「あのな、似ていたんだよ」
「似ていた? 誰に? ばぁちゃんの若い時?」
「んな訳あるか! ばぁさんは綺麗だったが、あそこまででは無かったよ」
 ここは冗談でも、ばぁちゃんを立たせるべきではないだろうかと思うけれども、それはやらないらしい。ちょっとばぁちゃんが不憫に思える気がする。
「昔な、すんごくええ子がいたんだよ」
「うむ。で?」
 何だろう。違和感を感じる。この会話自体に違和感を感じるのだ。それはじいちゃんが珍しく、言葉を発せていないからだろうと思った。
「近所でも有名じゃったぁ。近くの学校に通っている女学生で、成績良好、スポーツ万能。まさに文武両道の大和撫子を絵にかいたような人物じゃって。実際に見たこともあったが、人当たりもよくてな。わしゃ、あんなバカ息子でなく、こんな子が子供だったら、さぞ幸せだろうと思ったもんだよ」
「あのさ」
 僕は話の腰を折る。僕の質問に対しての答えはあまりに曖昧すぎる。何が言いたいのか。何がしたのかもさっぱり分からない。いい加減しびれを切らしてしまいそうだった。
「何が言いたいの? さっさと結論を言ってほしいと思うんだけど?」
「ああ、すまない」
 じいいちゃんは切なそうな顔をする。一瞬僕が何かやらかしたのだろうかと思ってみたけれど、僕の意見は正論だと思ってるから、その先を待った。じいちゃんは逡巡する。そそして口を開いた。
「悲しい、事故じゃったぁ」
 ――は?
 いきなり出たその前の話からは全く無関係なワードに一瞬戸惑う。脳が瞬時にその状況を整理しようとして動き始めるが、少しばかり処理速度が間に合わない用だ。
「その子はな、その日は帰りが遅くなったらしい。で、家に急いで帰ろうとして、外灯もろくにない道を走り、畦道を転げ落ちた。そこは、既に使われていなくてな。地面は堅いし、それに打ち所が悪かった。まさに、不慮の事故だった……」
「はぁ。それ、で?」
 続きは聞くのが怖い、そう思う。僕が感じた違和感の正体が少しずつ紐解かれていくような感覚に襲われた。なんていうのか分からないが、段々と思考のピースが埋まって行く感じ。テストが面白いほどスムーズにテンポよく解ける時の感覚に今は似ていた。
「当時十八歳の少女はその若さで生涯を終えることになる」
 カチリ。
 パチリ。
 何かが当てはまる。動き始める。自分ではもはや抗えない速度で全てが流転していた。この濁流に僕は自分の身を任せるしか方法を知らない。
「何が、言いたいんだよ?」
 そういう意味のわからないストレスに言葉が荒くなる。じいちゃんは悪くない。それくらいは馬鹿でチャラ男な僕にもわかる。でも、それだけど。イライラが止まりそうもない。この感情の激流はもう動き出してしまったんだから。
 じいちゃんは、物憂げに僕を見る。慈しむような、同情するような目に思わず、拳を握りしめた。
「その子の名前がな……」
 名前を聞いて僕は一気に力が抜けて、その場に崩れた。
 ああ、なんて言う事だ。
 僕の中にあるパズル式の鍵に最後のピースを欲していた。黙れ、と自分の体に黙るように命じるといきなり立ち上がった。これは間違いだ。自分の出した結論は明らかに有意ではないと棄却するためには裏付けが必要だ。
 自分の行動は最後のピースをあてはめることになるというのに。そんな事実さえも捻じ曲げて、僕は行く。
 意識をするよりも早く、僕の足は図書館に向かっていた。


 走っている時に色々考えた。自分の考えた自分なりの結論というやつに対してだ。それは酷く馬鹿げていて、酷く現実離れしたものだけれど、なぜか信じたくなってしまうようなジレンマ。それ以外の可能性というやつのほうが考えていて、答えが出てこないなんて本当になんて言うトンデモ展開だ。
「はぁ、はっ」
 息が荒い。じめっとした空気はこの暑さで風と共に体にまとわりついて離れない。汗が思うように出て行かないから体に熱がたまる。このまま川にでもダイブしたい気分だった。
 そう言えば、あの人の体温はいつでも冷たかったなぁと思いながら、また湧き上がる予感めいた確信を押しこめた。段々と目の前に図書館がその輪郭を現してくる。黄昏町にある図書館はここだけ。というか、この黄昏町付近――上黄昏町、下黄昏町、右黄昏町、左黄昏町とあるが、その中でも一番の田舎であり、また学園が多く存在するこの黄昏町にしか図書館は存在しない。規模も中々で、見栄えも荘厳な造りで有名だ。
 入口に着く。この空を見ればわかるように、扉はとっくに閉まっていた。“本日は閉館しました”の札が忌々しげにぶら下がっている。しかし、僕はもう考える力が一部にしか働いていないようだ。そんな物は知らないと思う存分扉を叩き、声を張り上げる。
「すみません!」
 ありったけの力を込めよう。
「開けてください!」
 自分の考えが間違っていることを証明するために。
「どうしても調べたいことが! 緊急で調べたいことがあるんです!」
 そして、あの人にもう一度告白するために。今度は最高のシチュエーションで、最高の言葉で、最高の笑顔で伝えるのだ。そうすればきっと夕菜さんだって天使の笑顔を僕に向けてくれるから。もう二度と泣かせたくない。あの人を、あの人のあんな表情を僕は見て痛くない。
 張り裂けそうな胸の高鳴りは、喉を震わせて、魂を共振させた。
 そうだ! 俺は! 俺は!
「あけろって言ってんだよおおおおおおお」
 僕のフラストレーションが咆哮を上げた。何について考えるのか、僕は夕菜さんのことしか考えていなかった。全ては事実を知るために。それにはまず確かな地盤を気づくことが大事なのだから。これは一か八かの賭けかもしれない。じいちゃんの言葉を信じれば、僕の考えは恐らくあたっているんだろう。でも、少ない確率で、違う未来を見たいのだ。縋りたいのだ。そのために、今ここに来たのだから。
 ドン! と思い切り扉を叩き、尚、微動だにしない扉をにらんだ。
 駄目なのか、そう思った時に、後ろから影が伸びる。
「何やってるんですか!」
 見ると、そこには。
 この図書館の制服を着た女性が一人。必死の形相でこちらを見ている。手には携帯をもち、いつでもどこかに連絡できるようだった。これだけ騒いだのだ。相手は恐らく想像がつく。
「もう閉館時間です! こんな迷惑な行為……信じられないわ」
 ハッキリと軽蔑の眼でこちらを見る。胸元には「渡辺沙織」と書かれたプレートがある。
「すみません、渡辺さん」
「む、そう言う風に初対面の方に言われたくないのですが?」
 僕がいきなり、えへへと笑いながらチャラ男に戻ると、図書館員の渡辺さんはサッと胸元を隠した。そして、じろりと睨む。
「で、何の御用です? 本の返却ならばあそこのボックスに入れてくださればいいのですが」
 僕とは完全に距離を置きたがっている喋り方に緊張しながらも、僕は事情を説明した。これだけ美人だともてるだろうな、と思ったけれど、クールビューティーっぽいからそれもないのかなとどうでもいいことを考えている自分に苦笑いしてみる。もちろん、心のかで。多分、色々考えすぎて疲れているから意味のわからないことを考えているに違いない。
 しかし、この願いはすぐには通らなかった。
「なら、明日にして下さい」
「そこをどーにか! この通り!」
 合掌する。ちらりと片目をあけると、感情の揺るぎも一切見られない渡辺さんの顔が見る。駄目らしい。
 ここで帰ってしまったら、全てが駄目な気がした。今日知りたい。今すぐに知りたいのだ。こんなところでたたら踏んでいる場合じゃないのに。無情にも時間が過ぎていく。こうして無駄なやり取りをしている間中ずっと。夕菜さんに少しでも割きたい時間がどんどん消費されているのだ。堪らない。やってられないと思った。
「頼む! 大事なことなんだ。明日じゃ手遅れなんよ! 頼む!」
 僕はプライドや周囲の目を捨てることにした。まぁ元々プライドは低い方だし、周りの目なんてこの時間にはないのだけれど。それでもありったけの気持ちを込めて言う。夕菜さんへの想いも込めて言った。それは、土下座をした状態でだ。
「頼む!」
 頭を地面に擦り付けながら言った。一ミリでもいい、想いと思いが伝わったのなら。それでいいのだ。どうにかこの中に入れてくれという願いは、この行為によって実現される。
「わ、分かったわ。分かったわよぉ……。だから頭を上げてください」
 やっと分かってくれたかと顔を上げて喜びをあらわにした。渡辺さんの困惑顔が視界に入り、少し罪悪感が湧くけれど、それでも、僕の用事は大事だと思った。
 裏口から中に通される。真っ暗になった室内に明かりが灯り、渡辺さんはカウンターの席に座った。
「さぁ、早く終わらせてください。私も早く帰りたいので」
「有り難うございます!」
 誠意を込めての感謝を述べる。時間制限はこれから一時間。その間に探さないといけない。お礼を言うとすぐに探し始めた。図書館内で走るの禁止事項の一つであるが、今はそんな事を気にしている場合ではないのだ。走りこそしないが、競歩の気持ちで先を急いだ。
 もっとあらゆる所を探すのかと思っていたけれど、そのコーナーはすぐに見つかった。そこは郷土資料室。この黄昏町の歴史なんかをまとめてある場所だ。新聞は見てみたけど、そこまで遡るとなると、有名なニュースならピックアップされてますよ、と教えてもらったので、すぐに見ることが出来た。
 何冊も有名になった事件や地域のことがスクラップされて製本されているものが並んでいる。年代別に分かれていて、じいちゃんが言っていた事件があったころのものを引き出す。開いてみると、そこには六年の年月を感じさせるような記事が載っている。そして、何ページかめくって行くうちに、とうとう、その場所が見つかる。地元ではやはりニュースになったらしい。
 文章を読んでみる。最初の犠牲者の部分で指が止まる。汗がにじみ出た。そこには“松江夕菜”の文字が。少し名字が違う物の、下の名前は漢字も同じだった。
 その先を読んでみる。そこには事件の経過が第三者の証言から描かれていた。部活がその日は遅く終わり、その帰り道、暗い夜道。そして急いでいたのだろう、偶然転んでしまい、打ち所が悪く死んでしまったと言う事。すごく端的で端折った文章だった。その学校のアイドルだったらしく、写真が載っているとのこと。指で追って行った。段々と写真が近づき、そして枠が視界に見え始めたころに、指が止まる。この先を見てしまっていいのだろうか、そんな疑問が頭を掠めた。しかし、みないと前に進めない。決して意義のある一歩を踏み出すことが出来ない。
 でも、見なくちゃ!
 ただ、あの人は違うのだと自己満足するために!
 ゴクリ、喉が鳴る。そして震える指で段々と写真に近づき、その写真を視界に収める。すると、乾いた笑いが込み上げた。
 あっははは。
 これは傑作ではないだろうか。傑作すぎて話にならない。こんなシナリオはB級ホラーででもやっていればいいものを。なんでここでそんな事やっているんだ。そして、何で僕はその当事者になっているんだ。
 静かに本棚に本を戻す。床が少しずつ湿っていた。赤色の絨毯が紅色に染まっているような気がする。僕はその時初めて、自分が泣いているのだと気がついた。最後の思考のピースがぴたりとはまり込む。ガチンと大きな音を立てて扉が開いた。
 その先には何が待っているのだろうか。そう、その先には意味のわからない残酷な未来しか残っていないではないか。
 ――そこには、僕の知っている同じ顔の永江夕菜その人の写真が映っていたのだ。
 やはり開けるべきでは無かった。かつてパンドラと言う少女が箱を開けて、この世界に病気を振りまいてしまったように。また僕も開けてしまった故に最悪の結果を知ることなる。思い描いていたように推理は当たった。
 なんでなんだろう、そう思う。
 知らなきゃよかったんだ。運命なんて感じなきゃよかったんだ。あの時に、普通に気にすることなく、そのまま東京に帰る準備でもしていれば。こんな残酷な未来を知らないでも済んだかもしれないのに。
 黄昏町は不思議なことが起こる町とはよく言ったものだ。その不思議とやらで僕の心は絶望と悲しみで縛られている。この鎖は絡みついてとれないものだった。
 しばらく泣いた。その場に崩れ落ちて。今が閉館後で良かった。職員が一人だけでよかったと思う。チャラ男だって一人の男だ。こんな事実は残酷すぎて、泣けてしまうけど、それを人にみられたくはない。
 立ち上がる。力なく歩いた。やがて、カウンターまで残ると読書をしている渡辺さんに会う。渡辺さんはこちらを向くと、首を傾げた。
「もう、用事は終わりましたか?」
「ええ、とっても知りたい情報が載っていましたよ」
 思わず笑顔まで卑屈になるから嫌になる。渡辺さんはそんな顔に不審に思いながらも、帰りたい欲求が勝ったのだろう。それ以上は追及せずに出口へ行く。僕もついて行って外に出た。外に出ると、
「うわっ。最悪」
 渡辺さんは忌々しげにそれを見つめて、僕を見る。
「これどうぞ、使ってください」
 そう言うと、走って行ってしまった。裏口は駐車場が近いから、車にすぐに乗り込むのが見えた。今、外では大雨が降っている。なんて絶好なタイミングだろう。こういう物語のラストは大体、雨のシーンが出てくるものだ。しかし、僕の相手ではどうなんだろう。
 さっきまでは限界以上に働き続けた脳味噌も今ではすっかり元通り。ダルイ動作しかしたくなさそうだった。低速回転の脳味噌で僕は傘を開く。ここの所有物らしくて、名前のステッカーが傘に貼ってあった。
 帰り道は空っぽだった。
 そう空っぽ。
 ……心にはもはや、何が残されているんだろう。
 山の向こうからもそびえ立つ巨大な入道雲この雨を降らせている。今年は雨の量も少なかったし、恵みの雨とでも言うのだろうか。
 傘ではカバーしきれない部分から雨が侵入してきて服を濡らす。気持ちが重いからもっと質量を感じた。灰色の空はどこまでも広がって、そこから水滴は流れ続けた。帰る途中にも人には一切会わない。夕方が過ぎた道はもう暗くて、電灯の存在感ないつもよりもあるように思った。
 なんにも考えずに歩く。ただ、楽しかった数日のことを思い出しながら。
 雨はみるのが好きだ。降られるのは嫌いだ。でも、時と場合によっては降られる雨にも利点はある。それは泣いていてもほとんど気づかれないことだ。人もいないし、僕はまた頬を伝う涙を感じる。
 心が泣いていた。さっき治まったはずの感情の激流がまた暴れているのだろう。いくつもの“なんで”が脳内を飛び交い、そのたびに、もしもこうしていればという後悔が押し寄せては引いて行って。潮騒のようなそんな気持ちで気分はかなりブルーだった。
「あーあ」
 涙が止まらない。ちなみに、あと少ししたら、声も出ることだろう。大声をあげて泣くのだ。ひたすら泣いて。泣いて。泣きまくる。家に着くまでには泣きやみたいから今泣いておくことにする。外で泣きまくるのは男としてはどうだろうと思ったけど、チャラ男だから平気なはずだ。そして、この雨に紛れて僕の声を涙を流してくれることを願う。
 灰色に染まりきって、しかし夜の要素も垣間見える空を見上げながら岐路に着いた。


 ――そしてその次の日は朝から雨だった……。


「うっ」
 起き上がると頭が痛い。それに目が痛い。腫れあがっているではないか。現在布団の中。僕は目を覚ますとむくりと起き上がった。昨夜は布団の中でも泣いていた。なんだか我ながら女々しくて困る。
 リビングに行き、家族と挨拶を交わすとニュースが流れていたので座ってみることにした。天気予報で今日は一日雨らしい。
 しかし、今日は行くことはないだろう。あの場所には。もう二度といかないかもしれない。出発は明日だ。明日には東京に帰り、東京っ子としてチャラ男で菱山創人は一般的な高校生としての夏休みを過ごすのだ。帰ってもちょっとしか夏休みは残っていない。宿題はギリギリにやればいいとして、誰と遊ぶか今のうちから計画を立てておくことにする。
 家族は今日くらい休むらしい。一日家にいて、明日の体力を充てんするらしいのだ。僕は何をしようと考えて、その先が思いつかなかった。いつもならば、あの場所に行って夕菜さんと話して楽しい時間を過ごす。これだけで一日はあっという間で、帰る日も惜しくて一日よもっと遅く時間が流れればいいのにと思っていた。今は違うんだけど。
 今は早く帰りたい。東京というカオスな町で、東京色に染まりたい。今は少しだけ田舎色に染まっているから、心身ともに僕らしくないと、そう思うのだ。
 とりあえず、ご飯も食べたし、小説でも読むことにしようとねっ転がった。母さんは怒るけど、この体勢は楽だしやめる気はない。小説を開くと、やはり先が分からなくなっていた。この前は中身を理解しようともしていないのに読み進めていたせいだ。そこまで遡って読むことしよう。
 読むのはリビングだった。故にテレビの音や、会話の声が聞こえるけれど、僕はそういうのはあまり気にしないタイプなので居心地がよい。そのまま読み進める。
 やっとこういう話だったのかと理解し始めたころ。それでもいい感じに読み進められないこれにイライラし始める。
 要は僕が馬鹿なのだ。
 馬鹿でどうしようもない。救いようのない馬鹿。馬鹿すぎて笑えてしまうような馬鹿。馬鹿の中の馬鹿。キングオブバカは僕にこそ相応しい称号である。
 愛に愚直な自分に嫌気がさす。あんなことを知ってしまって尚、あの人のことを考えてしまう自分に嫌気がさした。もう考えることもないだろうと思っていた。もう何も考えないで、そのまま東京に帰るんだろうと。
 でも、そう思えば思うほど、夕菜さんへの愛情を渇望した。やっぱり好きなんだなぁと自覚する。僕は知ってしまった。細かいところは違うかもしれないけど、夕菜さんが時々見せる切なそうにどこかを見る理由を知ってしまった気がした。だから思う。こんなときにこんなところで呑気に小説など読んでいていいのかと。でも、こんな雨だから何をやってもしょうがないと心のどこかが告げた。
 窓から外を見る。強い雨だった。カンカンと屋根を定期的にノックするような音が聞こえる。庭にある植物たちが嬉しそうに空に向けて口を開けているように思えた。こんなに降っているのだ。あそこにいるはずがない。僕は外を見るのをやめて、また寝ころぶ。今度は窓の近くで横たわった。
 目を閉じる。すると、そこからは雨の音、人の発する雑音だけが聞こえてくる。視界はゼロで真っ暗だった。その音のリズムはやがて僕をリラックスさせていく。意識が段々と遠くなって、暗闇にずぶりと沈んで行った。そして、静かに暗闇に身を任せた。


 どれくらい目を閉じていたんだろう。ぱちりといきなり目が覚めて僕は目を開ける。やけに外が眩しいと思ったけれど相変わらず雨の音が聞こえる。起き上がると誰もいない。机に置き手紙があったので読んでみる。みんなで今夜の食事を調達に行ったらしい。読むと座ってため息をついた。
 まるで全てがノスタルジーのような感覚がした。全ては遠い過去で全てはもう手が出せない場所。少しだけ夢を見ていた気がする。そこではフィルムを回しているかのようにセピア色の視界がノイズ混じりに映っていて、その先には夕菜さんが切なそうに空を見上げているのだ。
 僕は何もできずにその場にいる。そう言う夢を見た。
 ハッキリ言って良い夢とは言えないだろう。でも、それを覚えていると言う事が、遠い過去だと思ってしまいたい現実が、僕にまだ未練があるのだと言う事を知らせているようなものだ。
 雨はさっきよりも強くなっている。雨のせいで和らいだ暑さは、部屋の中だと少し肌寒いとすら感じさせる。コーヒーを入れて飲むことにした。ヤカンに水を入れて火を掛ける。温められるヤカンを見ながら僕はぼうっとしていた。
 ――本当に、自分はここにいてもいいのだろうか。
 ――もしかしたら。あそこに夕菜さんはいるかもしれないのに。
 この雨でそれはない。それは建前だ。人の基本的な感情の流れだろう。しかし。僕が昨日。無理に図書館に入ったように、時に人は不可解な行動に出る。それがどんなに非合理的だろうとやってしまうものだ。
 それってつまり、恋と同じだ。
 恋愛だってあれほど非合理的なものはない。科学的に解明できる男女の部分はあるかも知れないが、一概にそれが全部とは言えないのだが恋愛というやつだ。人間咄嗟にそういう非合理的な行動に出てしまうのならば、夕菜さんにとってもまた同じなのではないだろうか。
 会いたくない。でも会いたい。
 ドクンドクンと心臓の高鳴りが聞こえてきた。心が命じている。いや、心というよりは本能とでも言った方がいいような、そんな感情が僕に叫んだ。「行けよ!」と。
 ピーっとヤカンが蒸気を吹かす。もう沸いたみたいだ。僕は一回頷いてみた。自分への最終確認の意味を含めて。火を消すと、用意しておいたマグカップには見向きもしないで準備をした。服を着替える。そして、外に傘を持って飛び出した。


 雨をかき分けるように道を走る。傘は途中でしまった。走る時に邪魔だと思ったからだ。
 視界が狭くなっていて、面倒だと感じる。時々ぬかるみに足がハマっては嫌な思いをする。でも、夕菜さんはもっと嫌な思いをしているのかもしれない。辛い思いをしているのかもしれない。あの表情の理由を、思いこみでなく本人の口から聞きたかった。
 胸が苦しい。
 彼女への想いと走る苦しさから。
 会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。
 もうなんでも良かった。夕菜さんの正体がなんでも良かった。僕はそれでも彼女を愛したい。恐らくだけど、全てを理解したかもしれないからこそ湧き出る想いがあった。
 天使の笑顔が好きだった。そのふわりとなびく綺麗な黒髪が好きでした。しなやかな体のラインも、包み込むような雰囲気も。全てが好きだった。全部欲しいと思った。
 何か囚われて導かれる結果もあるかも知れないけど。でも、僕はそういう道を抗いたい。僕はあの人が欲しい。抱きしめて、キスをして。僕のものにしたかった。自分で活路を見出して、駄目なはずの事実を駄目じゃない事実として上書きしたいと思う。
 やがてあの道見える。僕は一回深呼吸をすると、その道に入った。すぐ先に彼女はいた。僕は呼吸を整えると静かに近寄る。夕菜さんは何を思うのだろう。いつものように空を見上げて静かにたたずんでいる。しかし、今日はロケーションが違う。でも雨が降り注ぐ中で佇むあの人もなんと美しいことか。
 女神が羽を休めているようだった。それくらいに美しくて、それくらいに神々しさすら感じる。見とれてしまって目が離れない。これって言うのは惹かれあう引力のせいだと信じたいと思う。
 僕は傘を開いた。もちろん、使い道は自分に使うのではない。
「何してんですか」
 スッと夕菜さんの上に傘を被せる。気づいた夕菜さんはこっちを向いた。
「あ、創人君」
 いつもように笑うのかと思えば、すごく儚い笑顔で思わず胸が締め付けられた。僕がこんな顔にしてしまったんだろうか、そう思うたびに後悔がよぎるけれど、それを表だって後悔するのはもしかしたら、夕菜さんにとっての侮辱になるのかもしれない。
「隣、いいですか?」
「うん」
 僕は彼女の隣に座る。地面はじっとりと雨にぬれているが、そんな物は気にしない。座ると夕菜さんが口を開いた。
「良かったぁ」
「え?」
 夕菜さんは僕の方を向く。儚そうに、でも嬉しそうに口元が緩んでいる。これは思いあがりでもない限り、本当に喜んでくれているのだろう。
「この前、私泣いちゃったでしょう。それで逃げちゃったでしょう。創人君、もう来てくれないかなって思ってたから。ここでずっと待ってみても来てくれないかなって思ってたから」
 僕は言葉が出なかった。夕菜さんはここでずっと待っていたのだ。いつも僕が来る時間帯に。それからは大分時間が過ぎて、雨も強くなっていると言うのに。それでも夕菜さんはここで待っていたと言うのだ。
「それは、すみません」
 謝るしか分からない。これ以上に気を利かせた言葉も見つからないし分からない。僕はそう言って項垂れると頭に冷たい感触が乗った。
 夕菜さんが僕の頭を撫でてくれていた。顔を上げると夕菜さんは微笑んでいる。
「気にしないで。私のわがままなんだから。ここで待つと言う事。そしてここに存在していると言うことすらも……」
 その言葉は何を意味するのだろう。僕はもう分かっている。全てが分かっていた。じいちゃんから話を聞いて、新聞を見て。今までの良く分からない違和感が理路整然と並びかえられる感じ。
 そして僕は、僕の本当の気持ちとは別に、どうしても聞かないといけないことがある。
「夕菜さん。いや、松江夕菜さん」
「あ、そう、そうか……」
 僕はその名前を口にする。夕菜さんの口から聞いた言葉とはちょっと違うその名前。それは、六年前にここで亡くなった一人の女学生の名前だった。
「もう、全部分かってるんだね……」
 一瞬驚いた顔になって、夕菜さんは一人頷く。全てを悟って、全てを覚悟したような目で僕を見た。
「そうだよ。私は松江夕菜。六年前にここで死んだ、松江夕菜なんだ」
 そして夕菜さんは朗々と語り始める。全ての真実が段々と紐解かれていった。


 それはどういう話だっただろう。僕はそれを聞いて、切ない気持ちになった。恋を出来なかった少女の恋をしたいと言う強い想い。そして、この黄昏町という場所のことを。黄昏町は不思議なことが起こる町だ。
 UFOが目撃されたり、幽霊や怪奇現象という意味でも有名だったりする。要はこの町は、現実と非現実の境目、特異点なのだそうだ。
 恋が出来なかった少女は恋を望んだ。不本意にも死んでしまった自分。そんな自分が嫌だった。せめて、一回だけ。一回だけでいい。恋がしたかった。
 誰かを好きになって、普通に恋をして。普通に話したかった。生きている時には出来なかったそんな事。でも、死んでしまって余計に遠のいたそれを強く願い続けた。成仏はしたものの、それだけが心残りで。そんな少女の切ない願いを神様は聞き届けてくれた。だから、お盆の期間だけ。それだけだけど、この町に舞い降りることが許された。
 黄昏町というそれだけで不思議の塊で、それが叶えた少しの奇跡だった。少女は実体化し、声でしゃべり、物を触ることが出来た。自我もちゃんとあって、恋をすることが出来た。そのほかの味覚なんかは戻ることはなく、その体を維持できるのは黄昏町の中でだけという括りもあったが、それでも少女は幸せだった。
 でも、彼女は僕と出会った。そして、好きになった。どこがというのは無かったのだそうだ。ただの一目ぼれ。魂が魅かれあった、そんな感覚だったのだそうだ。だからお盆が終わっても帰れずにいたのだ。神様にお願いして、一週間だけ、その期間を延ばして貰った。そして、明日帰らないといけない、と。
 喋り終えてから夕菜さんは一呼吸ついた。そして、はにかみながら笑う。
「なんかさ、恥かしいね、自分のこういうことを話すのって」
「え、ああはい」
「何よ、その気のない返事」
 うふふといつもの笑顔だった。僕は全部聞いて、そしてほとんどが予想通りだった。でも、以外だったことが一つ。それは、夕菜さんも僕のことを好きだったと言う事だ。僕は衝撃的な一目ぼれをしたと思っていたから。でも、そんな感覚は夕菜さんと共有してると思わなかった。
「すみません」
 僕も笑う。恥かしさが込み上げて、それを紛らわすために。嬉しさが体中を駆け巡って、それだけで泣きそうなったから。嬉しくて。嬉しくて。この素晴らしい気持ちをみんなで共有したいと思うほどに。
「でも、嬉しくて」
「うん」
「嬉しくて。でも、どう言ったらいいのか分からなくて」
「うん」
 でももうダメみたいだ。僕はチャラ男。だから心が実は弱かったりする。込み上げる想いが涙腺を押し上げて、体液が表面張力に耐えきれずに流れ出す。ダムが崩壊するみたいに涙が出るようだった。
「泣かないでよ。私ね。思ったんだ。流れ星って地球の引力に魅かれてやってくるでしょう。私もおんなじなんだなって。もう心があなたに魅せられていた。みた瞬間に好きだって思ったの。心の引力に私は魅せられたのよ」
 夕菜さんはそっと僕の手を握る。冷たい手。それは夕菜さんが死んでいるからなのだろう。でも、心は誰よりも温かいんだと思った。それは表面上では分からないようなフィ―リングに頼った感想だけれど。そう思いたい。だって、僕が人間で、感情がこみあげて涙した。そして夕菜さんもそう言う風に涙を流すことが出来るんだから。
 顔をぐしぐしと拭く。でも正直、落ちてくる雨にぬれているからあまり意味を為さない。夕菜さんはつづけた。
「花火を見ていた時、私は空を見ながら考えていたの。花火って、あんなに華々しく咲いた後に、何処へ消えてしまうんだろうって。そして創人君を見てさらに思ったんだ」
 夕菜さんは不意に僕を見た。涙にうるんだその瞳がやけに艶やかな印象を受ける。泣きながら、震える唇を開いて言った。
「私はあなたと出会えて、結ばれたとして、そのあとに何処へ消えてしまうのだろうって。私はあなたの記憶から消えてしまうのかって」
 だからね、と。
「怖かったの。告白されたときに、怖くて怖くて。体が震えるようだった。寒さだってそんなに感じることのないはずのこの体が一気に凍えるようだった」
 そして僕は抱きしめられる。
「私はあなたのことが好き。好き。大好き。好きすぎて、帰りたくないと思ってしまうほどに好きでたまらない。心が重すぎて、歩けなくなるほどあなたが好きなのよ」
 温かさを感じるようだった。雨の中でもその心の温かさは変わらずに僕の中に流れ込んでくるんだろう。そのコップ一杯になりすぎて、零れてしまう想いの欠片を集めていく。
 少しずつ少しずつ。スコップで掬うように回収して。
 また僕の心も満たされていった。好きで堪らない。そんな気持ちが共有できた奇跡。
 この世で好き合って付き合う人たくさんいると思う。そして同時に好きでもないのに付き合ってる人だっているはずだ。そう言う人に伝えたい。好き合って結ばれる尊さを。その価値を。お金では買えない、素晴らしいものを。
 僕は抱きしめる。雨にぬれた制服はぐっしょりと水を滴らせていた。抱きしめてしまえば、なんて小さい背中だろうと思った。年上でお姉さんな彼女も一人の女性だった。
 愛おしい。
 愛おしい。
 全てを自分のもんにしたくなるくらいに。
「僕も好きでした。好きで好きでたまらなくて。あの泣かせてしまった夜には後悔しました。あんなに一方的な思いの伝え方が、夕菜さんをあんな表情にしてしまったのかって。僕はいつでもあなたの笑顔を見ていたいです。僕を包み込んでいて欲しいんです。幽霊だってかまわない。今、僕はあなたが好きなんだから」
 想いを伝えあうにはどれ程の奇跡を用いるんだろうかとこんな時にふと考える。それってとってもすごいことなんだ。簡単に見えて簡単でないそれは、何よりも素晴らしくて。伝えあったのなら、それはミラクルを重ねたミラクルなのかもしれない。
 どれくらい抱きしめあったのだろう。雨の冷たさなんて関係ないほどに熱い抱擁を交わしていた。やがて、力が弱まる。少しだけ距離を離して見つめ合った。
「創人君。あのね……」
 言おうとした言葉を僕は止めた。
「僕に言わせて下さい」
 そして、
「松江夕菜さん、あなたが好きです。付き合ってください」
 期間なんて問題じゃない。好き合った時間が問題なんじゃない。要は心の問題だ。その人好きだと思う心が大事なんだから。明日帰ることになる。二人とも状況は似ているけれど、今この時間を大事にしたいんだと思った。
 想いの旋律に乗せて言う。
 あなたの心に届けと願う。
 降り続く雨が、僕の想いの欠片なら、もっと多くを伝えられたのかなと思った。
 夕菜さんは僕の言葉を聞くと、また目から涙をこぼす。何が、味覚を感じられないだ。今、夕菜さんは人間だ。人種なんて関係ない、ただ、目の前にいると言う事実。それが一つだけ重要な真実のはずだから。
 夕菜さんが口を開く。雨の音に消えてしまうようなか細い声だけど、「はい」と確かにその言葉は僕に伝わった気がした。
 涙を流しながらはにかみ笑いを浮かべる彼女の後ろに、いつの間にか雨が弱まって、太陽の光が空から線のように伸びているのがとても印象的だった。
「私も好き」
 どちらが先に動いたんだろうというのは思いだせないけど。自然と体が動き始めて、ゆっくりと二人の唇が触れた……。
 その唇は柔らかく、湿っていたけれど、夕菜さんの想いが一杯詰まっているような気がした。
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