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オンライン小説ブログ~青春文芸部~

「サークル執筆作品」
『落下流水』


2

2011.04.14  *Edit 


 場所は変わり、僕が予め聞いておいた花火がきちんと見えるポイントその二である。一は残念ながら夕菜さんの体調が優れなくなるのでやめておいた。本当ならば、あの先から見える花火が一番綺麗なのだと教えてもらっていたのに。
 少し会場から離れただけなのに、なぜだろうとても静かな場所だった。鈴虫の声があたりに木霊するように響いて、夏を感じさせるメロディを奏でた。夜空の上に散りばめられた星たちの絨毯は見ているだけで飽きないものだ。
「綺麗ね」
「そうですね」
 もちろん、夕菜さんの方が綺麗ですよと心の中だけで言っておいた。だって、本当に綺麗なんだから仕方がないだろう。
 僕が持ってきた小さめのシートを敷く。そこに二人並んでさっき買った食べ物をつつきながらぼうっとする。小さめのシートは二人が座ると結構キツキツになってしまう。だから必然的に夕菜さんと接する体の部分は大きくなるのだ。
 だから夕菜さんの女性の香りにくらくらしたり、触れている部分が熱を帯びている気がしてならない。正直、かなりドキドキしていた。夕菜さんはぼうっとしているだろう。何を考えているのか分からない、少しだけ憂いを帯びたような、浅縹色のオーラが見えるようだった。
 そんな姿を見ていると自分だけドキドキしているのが馬鹿らしくなってくるものだ。むしろ、何をそんなに見ているのだろうと僕もその視線の先をおってみた。しかし、そこに見えるのはインディゴブルーの空だけだった。悲しそうな、憂いてそうなその瞳の奥に何が見えるのだろうと空想し、何もわからないと自問自答した。
 もしも悲しみがあるとしたら、その悲しみを共有したいと、そう思う。
 もしも何か辛いことがあるならば、この身が裂けようとそれを代わりに背負いたいと、そう思う。
 それくらい今の僕は彼女に夢中なのだ。綺麗でお姉さんででもそこか少女的な部分も持ち合わせる夕菜さんが。たったと数日一緒にいるだけ。お前に何が分かるのだと人は嗤うだろう。でも、それでも一目ぼれだって好きという気持ちに日数など関係ない。
 好きというキモチ。それが何よりも大事なスパイスなのだから。
 熱を帯びた視線で僕は夕菜さんを見つめ続けた。どうか気付かないでほしい。恥かしさとちょっとした罪悪感。その中に点在する、しかし気付いてほしいと言う矛盾した気持ち。
 そんな時だった。
 一瞬何かが光った。夕菜さんはそれに気づいて寂しそうな表情に微笑を浮かべる。天使と言うよりかは女神のような頬笑み。聖母マリアのような母性を感じさせる頬笑み。不意に目が合った。慌てて逸らそうとしても出来なかった。
 夕菜さんの頬が一瞬赤く染まり、照れたように笑った。そして指をさす。
「見て……」
 ほっそりとした指の導く先をたどる。インディゴブルーの夜空に一杯の花が咲き誇る。
 きらきらと。
 きらきらと、きらきらと。
 火の玉が上にあがっては、上空で煌めきその花を咲かせた。それは一瞬の灯火だった。夏の駆ける蝉のように儚い命。それよりも儚い命。人はどうして情緒あるものに魅かれるのだろう。心の引力はそういうものに魅かれてやまない。それは遥かな昔から変わらないこと。平安時代の人間も咲く誇る桜ではなく、散りゆく桜に美を感じた。
 僕もそうだった。花火と言う物はなんて素晴らしいのだろう。大きな炸裂音がして、花が咲いてまた散って。その繰り返し。それが連なり、花火は人を魅せて行く。
 綺麗で。綺麗過ぎて、好きな女性の隣で見る花火がこんなに大切に思えてしまうのだから驚いてしまう。こんなに素敵な時間があることに今さらながら気付かされた。
 花火の花びらに浮かぶ夕菜さんの顔を見る。愛おしいその横顔に僕は何を思うんだろう。
 この時間が永遠に続けばいいのに。
 僕はふとそう思った。矛盾した気持ちは分かっている。散るからこそ美しい花火の魅力は永遠に続けば普通になりさがってしまうのだから。
 そしてとうとう終わりが来た。終わりが来て、寂しい時間が訪れて。僕はそんな寂しさを夜のしじまに噛みしめていた。もう帰らないといけない時間だろう。夕菜さんをあんまり遅い時間までいさせるわけにもいくまい。
 立ち上がるのが億劫だった。いや、ただ立ち上がることを体が拒否していた。今と言う時を終わらせたくなかったのだろう。玉響に過ぎる時とはそれほど儚く大事だと分かっているから。
 それでも無理やりに足を動かそうと思った。隣を見る。そして驚いた。
 夕菜さんは花火を見たままの体勢だった。それはいい。そして見上げたままのその顔に、落ちる一筋の光を見た。
 流れゆくその一筋は、頬を伝っていく。何度も何度も伝って。ぽたりと水面に波紋を残すように浴衣を染める。
 なぜ泣いているんだろう。まず僕が思ったことだった。なんで泣く必要あるのか。もしかしたら、自分は何かやってしまったんだろうかと思って、思いなおした。そんなことはない。ないはずだと。
 そう確信できると湧き上がる想いは一つしかない。ただ涙を止める方法はないかと言うそんな単純な想い。そう考えたときには体が動いていた。
 隣にある手を掴む。夕菜さんがこっちを見た。そして、
「あ」
 抱き寄せた。こんなに暑くても冷たい夕菜さんの温度が伝わってくる。目を見開いたように、石になったかのように夕菜さんは動かなかった。
 僕はと言えば、衝動的にやってしまったものだから、次の手が見えずに冷や汗を垂らす。次は何をやればいいのだろう。まさに僕が石だった。
「なん、で?」
 耳元でウィスパーボイスのように夕菜さんが囁いた。吐息が耳にかかってこそばゆい。
「泣いていたから。こうする方がいいと思ったんだ」
 そう思った。泣いている夕菜さんを見て、衝動的だけど、抱きしめて、そのぬくもりで彼女の涙を拭う事が出来たなら。それはきっと幸せなことだから。
「そうかぁ。そうなんだ。私、泣いてたんだ」
 今気づいたのか、すると先ほどは気づいていなかったらしい。あれだけ泣いていたのに。静かだったのはそういうわけだ。
「私ね、重ねてたんだ。あの花火に。自分という存在を。あんまりにも不確定で不安定な私を」
「そんな」
 ただ朗々と夕菜さんはつづけた。
「だから私、悲しくなって、多分泣いちゃったんだ。この気持ちがよく分からなくて、抑えられなくなったんだ。情けないね、お姉さんなのに」
 いつもの天使の笑顔をしているような気がしていた。背中越しだけどなんでか僕には分ったんだ。
 夕菜さんはだらんと垂れていた腕を僕の背中に回す。ぎゅっと力が入って、女性のか弱い力だけど、確かに、夕菜さんを感じていた。
「もうちょっとだけ、もうちょっとでいいから、こうしていていいかな」
「もちろん。こういうときは背中でも肩でも貸すのが男ってもんですわ!」
「紳士なんだね」
 うふふと笑って、そして微かに背中が湿っているようなそんな感触がする。多分だけど、夕菜さんは泣いているんだろう。笑いながら泣いているんだろう。何に泣いているのかは今一つ理解できていないけど、今は、この背中を貸すことで少しでも悲しみを癒せるなら。涙の理由を聞くことが僕の今の仕事じゃない無いってことくらいわかる。今はただ、こうしているのが僕のやるべきことだと思うから。
 そうして僕たちは時間は分からないけど、しばらくその場を動かなかった……。


 ……ぐあ。
 思わず布団の中で唸る。眠い。すっごく眠い。どれくらい寝むかと聞かれればただとてつもなく眠いと答えるだろう。
 唸りながら枕元に置いてある時計を見る。時計はまだ朝の五時を指した所だった。なんでこんなにも早く目覚めてしまったのか分からない。けど、少しだけましな脳味噌が疑問を発していた。
 ――どうして自分はここにいるのだろうか。
 ――分からない。
 はい、自問自答終わり。さて寝ようかと思って……。
「ちょっと待て」
 頭の中での自問自答は早期解決を望み、解決しないのならば無かったことにするつもりらしい。そうは問屋が卸さない。寝ぼけているので、意味のわからない自分が恥ずかしい。
 話を戻すと、僕は昨夜を思い出そうとした。辛うじて覚えているのは花火大会までのことだった。あそこでたこ焼きを買い、そして色々回った後に自分はどうしたろうか。そうだ、花火を見た。あのときは空の具合も絶妙で、そして。
「ぬぁぁぁぁぁぁ」
 一瞬大声を出しそうになって急いで口を閉じた。急激に覚醒した脳味噌を怨む。おかげで大声を出しそうになった。
 にして、だ。
 これは重大で、そうとっても重大で。しかるべき措置をとらないといけない事柄なのではないか、そう考える。なぜかと聞かれればそれはあれだ。あれなのだ。
 僕は昨日どこまでやったのだ?
 一応、自分の中でステップと言うやつが存在する。それは、僕が夕菜さんに告白する過程でどれをどう通過しようとしているか、または、それにより成功率を限りなくあげようという思惑の下で存在するステップ。
 そして昨日はそれを大いに飛び越えてしまった気がしてならない。まだ一段跳びくらいは許されるだろう。しかし、それ以上超えていたとしたら。良くて、友達。悪くて踏み外したのちの大怪我と言う可能性も無きにしも非ずと言うやつで。
 思い出せ。思い出すんだ自分。
 僕は頭の中に呼びかけた。昨日の出来事をより細かく思い出すように命令を送る。返信は返ってきた。よく分からないのだそうだ。
「なんっでやねええん」
 思わず自分にツッコミが飛ぶ。ちなみに僕は東京人である。
 一回落ち着いてみようと思った。そうでないと冷静な判断など皆無なのではないかと。確かに一目ぼれなことは否めない。そして帰りは案外早いので焦っていたことも否めない。よし、ここまでの事実確認は終了。
 では次に。
 昨日のことを思い出す。
 うん。ちゃんと、抱きしめたところまでは思い出せていた。そしてその先が思い出せないでいた。ああ、もう駄目だと思った。でも、確かなことは一つある。多分、俺は告白できていないのだろう。だから、こんなにも実感がないのだ。もしもだ。もしも自分があそこで告白に成功していたとしよう。成功していたなら俺は舞い上がって、今日も絶対に早起きだ。いや、早起きはしているのだろうけど、目がギンギンで脳味噌も秀才並みには回転が早いような錯覚に陥る。さらには、体も隅々までハキハキした早起きになるはずだ。
 そして、今日も早く会いに行くぞ! と準備を始める。よし。イメージできた。
失敗した場合も然りである。僕は絶望のうちに目を覚ますだろう。目を開ける。外を見る。なんと暗い。そうか、僕が告白に失敗すると、夜は終わらないのだと思うのだ。そう、夜は終わらない。永遠と失敗した場面が頭をよぎって、そして絶望する。本当はただ単に嫌過ぎて夜に目を覚ましているだけなのだが、そんなのは思考の外側である。さらに僕は無駄だと思いながら布団を被るのだ。
 よし。ここもイメージ出来た。それにしてもネガティブなイメージの方が鮮明に出来る僕が被害妄想癖でもあるんだろうかと戸惑ってしまう。そんなはずはない。僕はあくまで明るく、微妙な不良。もとい、チャラ男なのだから。
 まだ間違いを起こしていないのは分かった。憶測には過ぎないけど、恐らくは昨日、あれが終わった後に、途中までは送って、疲れて帰ってきて、そのまま布団にばたーんとそう言う感じだろう。恰好が昨日のままなのが僕にとって精神の支えになっている。
 それは多分、良いことだ。これからチャンスがあると考えていいのだから。しかしかんがえてみてくれ。それはチャンスがこれからあると言うのと同時に、なんと、まだその苦行が残っているという考え方もできる。もしも振られてみろ。絶対に、僕はその瞬間にショックで記憶を失うくらいなりかねない。……それはさすがに嘘だけど。
 うむ。ではもう少し作戦を練らねばな。
 まずはどうやったらデートを盛り上げられるか、良いムードを作って、告白するか。何日目でキスをするか、一通り考えないといけない。そうやって考えている内にだんだんと霞がかっていることに気づく。時計を見るとまだ起きて三十分くらいしか経っていない。僕はその時間で喜怒哀楽を繰り返していたのだ。
 なんて奇妙なオトコダロー。
 他人事のようにそう思う。まるで自分を俯瞰しているかのような、そんな感覚。ああ、自分はまだ眠いのだと気づく。さぁ、もうちょっと寝ないといけない。戦士には休息は必要だ。愛のソルジャー告白戦士、菱山創人。さぁ次のオペレーションまで寝るがいい。
 僕は目を閉じることにした。おやすみなさーいと心に念じながら。


 多分、そこは何をしてもいいところなんだと思う。
 そういうことで、僕は僕を俯瞰していた。どうやらこの世界では僕が神らしい。こういう思考さえもモノローグのようにふきだしに出ているのだ。
 神様は何をやってもいい、そう言った僕の独断と偏見で時間を戻す。そこはなんとお祭り会場。昨日のあの場面まで遡らせていた。僕の目の前には男女が一組。もちろん、僕と夕菜さんである。二人はいじらしそうな距離でもじもじとしていた。それを見て、赤面する。何を中学生みたいなことを、とか思ってみた。
 夕菜さんは熱っぽく僕のことを見ていることにした。これから事が進みやすいようにフィルターに通した見え方だった。これからこれを“妄想フィルター”とでも呼称することにしようか。
 インディゴブルーの夜空には満遍なく散りばめられた、星、星、星。見渡す限りの星がある。もう何が何座か結べないレベルの星たちは見るものをロマンチックと言うベールで包み込んでしまう魅力がある。
 目の前では昨日のやり取りがされていた。会話はイマイチこの距離からだと聞こえない。これ以上距離は近づけないみたいだ。しかし、僕の感情はダダ漏れだった。サトラレのように周りに伝染しているかのようだった。おいおい、心にスピーカーつけてたっけ?
 しかし、夕菜さんの表情に僕の心の内を知ったようなものは見えない。自分で言うのもなんだが、僕の心の声が万が一聞こえていたとして、その内容は、本人にとっては黒歴史になりかねないほどのもの。絶対に赤面するか、次の瞬間には季節外れの紅葉が顔半分に張り付いているはずだ。それが無いと言う事は聞こえていないのだろう。僕が神様であれは昨日の僕自身だから聞こえるのだろうか。
 ああ、抱きついたところまで行った!
 よし、じゃあ……。
 僕の心が聞こえたと言う事は、その通信手段のようなものは双方向だと信じたい、それに僕は神様だ。時間を戻せるならば、他のトンデモだって起こせるはず。
「おい!」
 僕は声を張り上げる。すると、心の中の声が聞こえた。
『え?』
 どうやら僕には声が届くようだ。にやりとすると、僕は言う。
「私は神だ。さて、君がその女性と無事に添い遂げられるように助言するとしよう」
『マジすか‼ 神様が味方とは。俺は幸せだ』
 なんとも調子のいいやつだ。このチャラ男め……あ、自分だった。
 あんまりに軽い雰囲気で心の中で喋るものだからイラついて思うが、なんとそれは僕自身なのだから嘆かわしい。すこしだけ、生き方と言うやつを見直すチャンスなのかもしれない。気を取り直して次に行こう。
「君は私の言う通りにすれば良い。私の言葉に続きなさい」
『了解ッス』
 そうそう、僕はたくらみを展開させた。まずは、そのまま抱きしめたまま、耳元で呟く。
「あの、一ついいですか……」
 僕が言う通りに昨日の僕は喋った。まずは耳元で甘い言葉を囁く。夕菜さんだって僕のことはまんざらではないはず、という自意識過剰を前提におくとして、さらに畳みかける。
 僕が言う通りに言うと、夕菜さんは涙を流しながら僕をみた。僕に指令を送る。その涙を拭かせて、そして言うのだ。
「僕は、あなたのことが好きだから……」
 好きだから、何でもしてあげたい。その悲しみから救ってあげたい、などと、面と向かってだと顔面から火が噴きでて言えなくなるようなことを神様と言う立場を利用させて言わせた。そう、そうだ。もっと言え!
 言うと、夕菜さんはボッと顔を赤く染めた。めっちゃ可愛かった。いや、くぁあわいかった。僕はどうやら普段お姉さんな人が行き成り、少女のように乙女になる時にときめくらしい。自分の好みの再確認にもなった。
 さらに指令を送る。その次はまた抱きしめさせる。抱きしめてから、その顔を引き寄せさせた。ここからすることは決まっている。
「さぁ、そのままぶちゅーっと!」
『む、無理ですってば‼ 恥かしッスよ~』
「うっさい、意気地なし! さっさとやらんか‼」
『うー』
 自分がやらないのをいいことに――いや、正確には自分がやっているのだけれど、今はあくまで神様。やっているのは昨日の自分。故の余裕だ。そう言う立場をいいことにして、言いたい放題だった。
 冷静になって考えてみると、自分で自分を責めると言うのは、マゾとサド、どちらなんだろうと考えてみる。それこそまさに究極の体系、マドなのではないだろうか。自分で攻めて自分で感じてその循環の繰り返しだ。なんと、誰の助けもいらない。これってすんごい発想だ。やはり俺は神様だった! というどうでもいいことを考えてみた。閑話休題。
 昨日の僕が震えながら顔を近づけた。夕菜さんはと言うと、その意図はとっくに察していて目をつむって口を軽く開けて、ぷるんと瑞々しい唇が無防備に晒されていた。
 ごくりと思わず俯瞰しているだけの僕も息を飲んだ。
 いけ! 行くんだ!
 昨日の僕は心の中で『だめだめだめだめだめ』とか自分に対して駄目だしし続けていたが、もう動きは止まらない。そしてそのまま、唇が合わさっていく。
 軽く触れたかと思えば、沈んでいく唇。
 何秒間したのだろう、昨日の僕は唇を離すと、目を開けた夕菜さんの瞳は熱っぽく潤っていた。もうここまで来たら指令を出すこともあるまい。
 昨日の僕はそれを見て辛抱がたまらなくなったのだろう。『夕菜さぁん』と心の中で叫ぶと一気に抱きしめてさっきよりも濃いめのキスを始めた。あれ、舌入ってないか?
 役目を終えた僕は意識が遠のく。そしてそこで上書きされたセーブは今日の僕に引き継がれて、そこからスタートになるのだ。さぁ、夢の恋人ライフの始まりである……。


「ってなんでやねえええええええええん!」
 がばりと上半身を起こした。
 あれ、起こした?
 その行動で全てが理解出来た。なんとも安易な。安易すぎる。まさかの夢オチとは……。枕元の時計を見る。朝の八時。あれから三時間夢を見ていたのだろう。
 夢が幸せすぎた故の現実は辛い。まさか、本当に引き継がれているわけではないだろうに。僕は起き上がった。カーテンをしゃっと開けると満遍なく降り注ぐ朝日が眩しい。
「ん~~」
 太陽光を浴びながら伸びをした。バキゴキと体中の骨が鳴った。下で母さんがごはんよ、と叫んだのが聞こえる。僕はそれに答えると階段に向かった。しかし、一つだけ疑問が残った。
 ――なぜ、ツッコミが関西風になったのだろう?
 僕は生粋の東京人である。というのは結構どうでもいい話だった。


 ご飯を食べると、今日も着替えて、いつもの場所へ向かう。経った数日でいつもの場所とまでなったあの場所へ。
 歩く道中は夢のことなどが思い出されて、思い上りが過ぎる自分とあんなことを妄想していた気持ち悪い自分に軽く自己嫌悪に陥ったが、夕菜さんの姿を見るな否や、そんなことはどうでもよくなった。
「おはようございます!」
 好きなあの人の背中に声を掛ける。その人はふわりと黒髪をなびかせながらこちらを向いた。
「おはよ」
 天使の笑顔でそう言った。
 思わず頬が緩むのを感じながら隣に行き、そして僕が隣に来ると夕菜さんはその場に座る。
「いいんですか? 制服、汚れちゃいますよ?」
「いいのよ、洗えばいいんだし」
 そうなのだ。今日の夕菜さんの恰好は、もはや見慣れた制服姿。夕菜さんの戦闘服。プリーツスカートはちゃんとアイロンを掛けたようにぴっしりとしていて、夜の粒子が集まったかのような黒髪は健在だった。
 夕菜さんに倣って隣に座る。ちょっとだけ蒸発している水分で蒸していた。今日も相変らず暑い。馬鹿みたいに暑い。でもいつもと違う事が一つだけあった。それは、今日の暑さはいつものようにむしむしとしていないのだ。カラカラとした暑さは気持ちよく汗をかえるし、風が素直に気持ち良いと思えるから好きだ。
 隣をみる。夕菜さんは相変わらずぼうっと空を見上げていた。何が見えるのだろうとその視線の先をなぞってみても、何も無い。ただ青い空が見えるだけ。雲ひとつない空が見えるだけだった。
 ただ僕にはそう見えるだけ、ただそれだけなのかもしれない。もしかしたら夕菜さんには別のものが見えているのかも。
 話しかけるのもあれなので。僕もしばらくぼうっとしてみようと思った。という事でまずはやることもないから目を閉じてみることにする。
 まず聞こえるのはセミの大合唱。続いてざわざわと森が風に揺られて奏でる音が聞こえた。目を開けてみて、下をみた。アリが餌を何匹かで巣に運ぼうと頑張っていた、頑張れ、と心の中で声援を送る。
 暇だと気づかされることがある。
 それは気に留めないような些細な出来事が気になってしまうということだ。それは木々のざわめき然り、それはこのアリを眺めているという行動に然り。体が何か求めているような、そんな感覚。いつもなら、目的があって、それに向けて視界を絞って何かをやろうとするのを視界を広域に、いろんな情報をこの体に集めようとするのだった。ああ、みんな生きているんだなとか思ったりもする。そしてもう一つ気づかされること。
 恋愛って素晴らしい、という事だった。
 いつもならば疎いこと。いつもならば嫌だったことや、もうどうでもいいことまでも祝福したくなる。それは隣に彼女がいるからだ。好きな人がいれば、こんなにも世界が変わるものなのかなと思う。
 ついでに言っておくと、僕にも恋愛観なるものは存在していた。本で読んだとか、そういうものじゃなくて、きちんと考えて確立させた恋愛観がある。
 それは恋愛とは成功するか失敗するかではなく、その過程が大事なんじゃないかということ。何か得るものは絶対にある。無駄な恋愛なんてないのだ、とそういうこと。
 人の想いとは必ずしも双方向ではないはずだ。いや、むしろ一方通行のほうが多いのだろう。だから、初恋は実らないだとかそういうことが言われるのだ。では双方向ではないからといって無駄なのだろうか。実はそんなことはないのだ。
 だって考えてみてほしい。もしも好きな人がいるとする。その人を想うだけで胸が張り裂けそうだ。毎日その人のことを考える。起きた時も朝一番で考えて、その日の活力にもなる。通学や通勤の時だって、友達と話している時だって、ご飯を食べているときもお風呂に入っているときもその人のことを考え続けるのだ。そしてそれは、片想いだった。相手は自分のことだってただの知り合い、もしくは友達、もしかしたら意識に入らないほど薄い存在なのかもしれない。でも誰かのことを考える。その人のために何かしようとする、それは限りなく貴重で尊い経験値だ。普通に暮らしていればピコンピコンと入ってくるものでもない。例え、それが実らないものだとしても、それはその人にとって絶対にプラスになるのだから。
 隣の夕菜さんを見て想う。僕は彼女のことが好きだ。好きでしょうがない。一目ぼれという病にかかっていると言ってもいい。そんな彼女に僕は想いを伝えることができるだろうか。……考えてみると、これが結構、確率は低い気がしてならないんだ。
 そんな僕には計画がある。それは、一本の道だった。もしも僕が夕菜さんに告白をしたとしよう。そしてそれが通ったならば、それは最高に幸せで祝福される出来事なはずで。それがもしも通らなかったとしても、それは、僕が次に好きな人ができたときにもっといい男になるためのステップだ。ほら、どうだろう。成功したら幸せ、失敗しても次はもっといい男になっている。これって最高にすごい事だと思わないか。
 僕は臆病で弱虫だから、そういう逃げ道を作ってしまうけれど、それは逃げ道であると同時に、僕の持っている恋愛観の真理だと思っているのだ。
 ん~、でもしかし。
 やっぱり成功したほうがいいよなぁと思いつつ夕菜さんをみる。夕菜さんは不意にこちらを向いて目を見開いたあとに恥ずかしそうにうつむいた。まじでくぁわいい。
 そこまで考えて思った。本当に暇はいけない。
 だって、こんなチャラ男がこんなにもまじめに哲学めいたことを考えてしまうんだから。そう思うとなんだか笑いがこみ上げてきた。
「何笑ってるのよぉ」
「ああ、すみません。ただ……」
「ただ?」
 夕菜さんは自分のことを見て笑ったのだと勘違いしたらしい。そんな事実はどこにもない、事実無根である。しかし、ここで企みができる。このまま普通に返すのもつまらないと思ったのだ。
「……あんまりにも可愛いなぁと思ってしまったもので」
 にやりとして言うと、夕菜さんの動きが止まった。次にガチガチとロボットのように動いてうつむく。湯気が出そうなほど顔が赤くて愛おしい。
「……………ばか」
 そういうと完全にあさってのほうを見てしまった。ちょっと言い過ぎたかなと思いつつも安心する。実は今の台詞、自分で言っててすごい恥ずかしかった。夕菜さんがみていないからちょうどいいクールダウンができそうだ。
 そんな夕菜さんを見てから思う。自分はこの想いを伝えることができるんだろうか。できるといいな、それは絶対に良いことだ。
 僕はそんなこれからの自分を憂いながら、真っ青な空を仰いだ。
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