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「サークル執筆作品」
『落下流水』


◇落日動心◇

2011.04.14  *Edit 

◇落日動心◇


 人間と言うものは案外ショックに強く出来ているものなのかもしれない。その証拠と言ってはなんだが、僕は現在泣いていない。少したりともこの頬を濡らす液体は伝っていないのだから。
 僕は愕然とした。自分の服装をまた鏡で見てしまったからだ。父さんと母さんは僕が酷く悲しんでトイレに駆け込んでいるのだろうと思っているに違いない。だから僕があの場を離れることを良しとしたのだ。
 全身黒のフォーマルスーツ。急いで新調してきた……訳ではないらしい。誰のかも聞くタイミングも逃したけれど、糊のパリッとした感じは皆無で、防虫剤の匂いがつんと鼻腔を満たしていた。靴下ももちろん黒。ネクタイに至っても黒。しかしこのネクタイだけは僕が個人用にオシャレで持ってきているもので意地でもこれをつけさせてもらった。おかげで形と言うか輝きが少しばかり浮いている気がしないでもない。
 まぁ長々と説明しているかもしれないが、いわゆるこれは喪服と言うやつで。そして僕は、葬式に来ているのだった。時間軸的にはまったくもって超展開だ。それはまぁしょうがないと言えよう。まさにこの超展開に追いつけていないのは僕であり、父さんであり、母さんなのだから。
 特に両親にとっては、特に父さんに至ってはその悲しみも人一倍強いに違いない。僕があそこに戻れば、また父さんの泣き顔を見るんだろう。母さんも顔を濡らして泣いていた。
 そう、祖母の菱山静が今朝、と言うか、まさに僕たちが実家に帰る数時間前に無くなったと言う事だったらしい。状況を言えば、それは自然死と言うやつで。その死に顔はとても穏やかだったそうだ。この家について、その事実に気付かなかったのは、まずあんまりにも突然だったために忙しく、そして連絡が遅れていたと言う事と、密葬のために、外に葬式では恒例の装飾が無かったからだというのが端的な原因である。
 坊さんが読経し、黒に包まれた数人の身内が悲しみに打ちひしがれる。坊さんの前にはおばあちゃんが入っている棺鎮座して、その上にある写真はとてもいい笑顔で。
 だけど、そんな笑顔とは裏腹な思い空気に耐えられない僕はこうしてトイレに逃げ込んできた。あの厳格な祖父の善朗までもが顔を涙で濡らしていたのだ。あの場で泣いていない少数派の僕、もとい、一人だけ泣いていなかった僕は完璧にアウェーなのだ。そうだろう。
「ふぅ」
 これからどうしたものか。今からあそこに戻り、そして悲しい顔をしながら聞いている自信は僕には無かった。だからと言っていつまでもここにいるのは中々どうして、出来ないことのように思えてならない。
 そういう時はどうしたらいいだろうと考えて、そして思いつく。
「そうだ、外に出よう」
 決まれば行動は早い。僕はトイレを出ると、誰もいない玄関をこっそりと抜け出した。向かう先は決まっていない。なんせ、久しぶりの田舎の土地だ。何かを覚えているはずいもないし、分からない。気の赴くままに歩くことにした。


 ひたすら続く田園風景に少しだけ飽きてきたころ、分岐の道にさしかかった。僕は右を選び、そして歩く。いい加減、足も疲れてきた。と言うかここどこだよとか自分の心の中でさっきから疑問に思えてしょうがない。
 南に高かった空も次第に傾き始めて、黄昏の予感を漂わせる。だからこそキリのいいところで戻るべきなんだろう。しかし、それが出来ないのもまた事実なのだ。
 少し進むといい感じの畦道に出る。畦道と言っても田んぼは枯れて、もう草が生え放題。しかし、座れるようなところがあったので、そこで休憩を取ることにした。単にもう歩くのは面倒だと思ったからなのだけれど。
 ポケットから父さんかのから抜き取っておいたタバコを一本取り出す。僕はこう見えても高校二年生で、そして中々のチャラい不良だったりする。不良と言っても先生に絡む訳でもないし、暴走族をやってるわけでもない。ただ、お酒もタバコも二十歳になってからと言う決まりごとを少しだけ繰り上げて実行している程度に不良なのだ。
 シュッと火をつけてタバコをまずふかす。そして次第に吸い込んでいくと煙が肺を満たしていった。
「うめぇ」
 ふーっと吐いて一呼吸。
 慣れた一連の動作がタバコ初心者でないことを物語っていた。もう最初のころのようにむせたりなんて言うことはあり得ない。
 そして一呼吸置いたところで見上げた空を見て思う。この限りなく田舎の風景を見て思った。
 そりゃねーよ、と。
 誰に向けた言葉かは容易に想像できると思う。僕はおばあちゃんに向けてそう心の中で言ったのだ。
「なぁ」
 おばあちゃん子だった僕。そして数々の思い出達が脳味噌を巡った。こんな感じにグレてはいるがあくまでもおばあちゃんが嫌いになることはなかった。常にその身を案じていた。まだ小さきころに僕に色々を与えてくれたおばあちゃんに。
 今になって流れるものがあった。塩分を含んだ液体が目に膜を張る。そして表面張力に耐えられなくなった液体が頬を伝って落ちて行く。
「なんで先に逝っちまうんだよ」
 今は少しだけ普通じゃないけど、せめて元気なところを見て欲しかった。見たかった。それからせめて逝って欲しかった。限りなくエゴイストな自分に嫌気が差しながらもそう思った。
 その時だった。不意に背後で巻き起こる小さな風の動き。そして咥えていたタバコを取り上げられる。
 急いで振り向くとそこには怖い表情のお姉さんが立っていた。
「ねえ、君絶対に二十歳じゃないよね? 駄目だよ、これは」
「……はぁ」


 ――しかしなんでだろう。その存在感に僕の意識は完全に持っていかれてしまう。
 そしてその出会いが僕の夏を彩り、潤す、奇跡みたいな出会いだと、その時は知らなかったのだ。


「で、タバコを吸っていたと?」
「その通りです」
「ほほう」
 深い色の瞳に見つめられて僕はたじろいだ。この人にはなぜか全ての嘘が通じないようなそんな気がしたからだ。僕はあの人にタバコを取り上げられて、そのままジャリジャリと踏みつぶされて無残な姿となったタバコを見つめる。一応、高めのタバコなのだが。
 そんな事をやった本人を見てみると、僕は思いのほか美人なその人に思わず目を奪われそうになった。
 整った外見。まるで、この世のもとは思えないほどに精緻な作り。まるで、人形がそのまま人間になったのではないかと錯覚するほどの見た目だった。そろそろ空が赤みを差す。その夕焼けに照らされた長い黒髪が微かにオレンジを零しながら揺らめいた。なぜにセーラー服なのかは分からない。でも、それがまた彼女を構成している大事なパーツな気さえしてくる。
 深い黒色に僕は吸い込まれそうになった。何かも見据えてしまいそうな瞳は思わず自分のものにしてしまいたくなる衝動が湧きあがるくらいには魅力がある。僕は現在、タバコの件について怒られているはずなのだが、むしろ、その方が彼女をよく見ることが出来ると安心してしまう。妙な気もちだった。
「ねぇ、聞いてるの?」
「ああ、うん。うん、聞いてるよ」
「じゃあ、何の話?」
「タバコの話」
「聞いてないじゃない」
 クスッと彼女が笑った。あれ、どこで間違えたのだろう。どうやら先ほどよりは本気で怒っていないように見えるから、そこまで大事な話ではないのかもしれない。
 とりあず、頷いていた気がしたから、全然話の筋が見えてこなかった。
「ごめんごめん。で、なんの話?」
 とりあえず下手に出る作戦に出てみようと思う。そして色々聞きだしてやるのだ。行くとこまで行くならスリーサイズとか。
 僕は思う。こんな時にあり得ないほどに似つかわしくない想いなのかもしれない。でも、何でだろう。隣に座り話しているその女性の顔を見れば見るほどに好きになりそうだ。いや、これがいわゆる一目ぼれと言うやつなのかもしれない。
「ん? 見たことないから上黄昏とかそれ以外から来た人なのかなって」
「あああ、うん。僕はね、東京から来たんだ」
 東京と言う言葉を聞いて、彼女は驚いた顔になる。そんなに驚くことなのだろうか。
 という疑問をとりあえず言葉にしてみたところ、彼女いわく、東京の人とかこの町の人以外の人とあんまり会話をしたことがないのだそうだ。それは確かに珍しがるのもうなずける。むしろ、僕が驚いた。
 こんなにも美人がこんな田舎に大事に貯蔵されているとは。話を聞けば、彼氏などもいないらしい。私、可愛くないし、とかほざいていた。馬鹿たれと言いたいのをぐっと飲み込む。
「ふむ」
 彼女は行き成り黙っていたかと思うと立ち上がった。こちらを向いて、天使の笑顔を向ける。
「あのね、こうして出会えたのってすごいことだと思うんだ。だから、少しの間かもしれないけど、よろしくね! 私は永江夕菜って言います十八歳です、高校生やってます。友達には夕菜って呼んで欲しいな」
 手を差し出す。僕はその手を取り、思いの外冷たいのと、しかし、女性らしい柔らかな手触りのドキリとした。
「僕は菱山創人。高校生と、少しだけ不良やってます」
 僕はえへへと自己紹介すると、夕菜はプクッと含んで耐えきれなかった分を噴きだした。
「なぁにそれ。変なの~」
 僕も夕菜も笑いだす。
 そろそろ空は赤かから濃い群青色に染まってきていた。黄昏時が終わる。太陽と月が完全に交代を果たすところだった。
 僕はこれでも葬式を途中で抜け出してきた人間である。今頃あちらではカンカンかまたは同情してくれていることだろう。
 さて、と思ったところで、先ほどの自分を思い出してしまった。こんなにもお茶らけていたのも全て、僕はあの辛い事実から目を背けたかったからなのではないだろうか。辛いことに蓋をするために、こうして楽しそうに、彼女の外見のこととかそういう事に目を向けていたのではないだろうか。
 だからほら、おばあちゃんのことを思い出しただけで、またこうして目は潤ってしまう。
 伝う事をやめられない洪水が起こる。悲しき成分のそれは僕の心まで冷たい海に放り込まれたようだった。思い出が走馬灯のように脳内を巡る。とめどないほどの莫大な量の情報量だった。楽しかったことも、悲しかったことも、満たされたことも。そんな色々が僕を辛くさせるんだ。
 グス。
 女の前で泣くなんて、そんなのは僕のポリシーに反する。これは父さんに教えられたことだった。まぁそれも、今日の葬式で崩れてしまったが。
「泣いてるの?」
 彼女の手が僕の肩に触れた。冷たい体温が上がりすぎた心の温度を少しだけさげてくれているような気がする。そして相手が年上を言う事もあるのだろう。その豊かな包容力に思わず身を預けたくなった。
「うん」
「悲しいの?」
「うん」
「そう……」
 触れている手に僕が手を重ねていると、不意に彼女の手が僕の肩から離れる。そして、彼女は前に回った。
「私ね、あなたよりもお姉さんみたいだから」
 ふわりと包む女性の柔らかさが僕を温かい気持ちにさせる。心の温度はオーバーヒート気味から人肌に。何よりも気持ちに余裕が出てくる。しかし、しぼまった分の悲しみは浄化されないで双眸から流れ出ていた、
 いつの間にか泣いていた。さっきだって、ここまで泣いていなかったのに。女性の包容力はどうやら男を弱くさせるらしい。この胸の中で泣きたい。僕の正直な願望が僕を動かす。ここで泣いていれば、全てが癒される気がして。僕はそのまま泣けるだけ泣いた。
 しばらくして、心が完全な余裕を取り戻したころ。
 僕は今の状況が如何にすごいのかを理解した。あんな美人さんに抱きしめられているのだ。その柔らかさを実感するたびに、甘い匂いが鼻腔を掠めるたびに、脳髄に電撃が迸り、僕は顔を真っ赤にさせる。
「あの、もう、いいから」
「そう?」
 なんて強烈なお姉さんの香りだろう。くらっときてしまった。僕はこれでもお姉さん属性だから困る。まさに理想の女性だった。
「うん、有り難う。おかげで僕も泣けるだけ泣けたし」
 足の方向を帰り道にセットしかけて、思い出す。
「あ、僕はもう帰るよ。葬式途中で抜け出したし、怒られにいかなきゃ」
 あはは、と笑って言うと、しょうがない子だなぁ、と夕菜も笑った。
「それで、送って行こうか? こんな暗くなってきちゃ女性一人は危ないんじゃ……」
「ん? いいよいいよ! 私は一人でも帰れるから!」
「本当に?」
「お姉さんですから!」
 エヘンと無駄に育っている胸を張ってみる。彼女は僕と反対方向へ歩き出した。
「それじゃあ、また偶然会えるといいね!」
「あっ」
 彼女はそう言ったかと思うと走り出してしまった。僕はその背中をただ見ていることしか出来なくて。なんか色々なことが起きてしまった今に対して僕はきちんとした意思を持てないでいた。


 僕はとりあえず動き出すことにする。夏の田んぼは蒸し暑い。汗でも流すことで少しでも事態を整理したいと思ったのだ。
 暗いあぜ道は少しでも油断するとそのまま田んぼにつっこみそうになる時があったが、そこはそこはかとなく注意しつつ僕は歩みを進める。考えるはもちろん先ほどの女性のことで。
 頭はその人のことで一杯であった。しかしそれと同時に、おばあちゃんの葬式の日に抜け出して何をやっているんだかと自分を貶してみる。馬鹿にもほどがある。何を女などに現をぬかしているか。
 あそこに座ってタバコに火をつけた時は暗い湖を霧の中にずっとさまよっているような気がしていたのに。このような表現は季節に似つかわしくないけれど、寒空の下を彷徨っていたような僕の心は、彼女の笑顔にすっかりと救われてしまっていた。
 確かにこんなところで女性に見とれているのは愚の骨頂。しかし、今度会った時はお礼をしよう。そう思いながら僕は歩く。
 空を見上げると、光の要素を持たないせいか、闇夜は自己表現が激しかった。星の飾りでおめかしをしながらキラキラと輝いている。何が何座か分からなくなるような空、以前友達がそんな事を話してくれたことがある。登山をしていて、それは泊りがけで。高山の中腹にてキャンプをする。そしてテントから顔を出して見上げる夜空のなんと美しいことか、と。
 話によると全面が星なのだそうだ。夜とはすなわち紫や黒色が空を染め上げるが、そう言うところでは、むしろ星の輝きが空を染め上げる。星の間から夜の漆黒が顔を見せる、そんな感じなのだそう。
 それほどまでは行かないが、いや、僕はそもそもそんな話は信じていなかったけど、こういう星を見れば、それもあながち嘘では無いのではないだろうかという気持ちになれた。
 悲しみはあの女の人に癒されて、そしてこの空を見て回復していった。
 僕はおばあちゃんが好きだった。
 もっと元気で居て欲しかったけど、昔の人は言っていた。死んだ人は星になるって。だから僕も信じてみたくなったのだ。これほどまでに、星座を結ぶのに苦労するほど星が多いのか。それはきっと死んだ魂が星になるからに違いない、と。
 ジャリジャリっと地面を踏む音と鈴虫の音がシンクロする。夜の静寂も相まっての三重奏だった。
 帰ったらなんて言おう。僕はそう思いながらいつの間にやら着いていた家の玄関に手を掛けた。


 ガララララ。
 なんだか心なしか扉が開く音が重い気がした。重低音を響かせるようなその音はお腹を突き上げるように刺激してくる。いや、実際はいつもとなんら変わらないのだろうが。重苦しいのは僕の心の中なのだろう。
 なんだかんだ理由をつけても、おばあちゃんの葬式なのに、美人に会って話して、それで心がハッピーになってしまっているんだからそれについて罪悪感を少なからず持っている、そう言う事だ。
 もう葬式は終わったみたいだった。葬式と言っても密葬だからそこまで家の中をいじっているわけでもなし、時間はそうかからないようだった。通夜も終わりもてなしも終わる。そんな空気が入った時にはヒシヒシと感じられて。正直葬式なんていうものにはあまり出たことがないことが無いから僕は何をすればいいのかもわからないまま家の中を歩いていた。
 あれこれ考えながら目の前の扉を開けると、父さんと鉢合わせになる。父さんは僕を見るな否や目を大きく開けた。
「おい、創人ぉ」
 やばい、そう感じた時には既に遅い。僕の反射神経はこういう時のためには鍛えられていないから若干役に立たない。
 フオン! と風がやって来たかと思うと、僕の顔面がへこむ。そのまま鈍器で殴られたかのような衝撃に足元がふらつき、軽く持ちあがった。そのまま何をされたのかもいまいち理解できないままに今まで歩いていた廊下に押し戻された。
 顔面の、特に鼻を抑えてみる。痛かった。燃えるような鈍痛が顔じゅうに走り、たらりと何かが伝ったかと思うと、それは鼻血だった。ここまで来てやっと思考が現実に追いつく。どうやら僕は父さんに顔面パンチを入れられていたみたいだった。さすが、パンをこね続けて鍛えた腕力は違うよなぁと第三者的な感想を抱きつつ、恐る恐る前を見る。
 心の中では必死に、
「何するんだよ! この馬鹿野郎! 腕力馬鹿! ゴリラ星から来た宇宙人め!」
 とか低レベルな罵倒を繰り広げてみたが、いかんせん、想像の中ですら父には敵いそうにない。想像の中のぼくは罵倒をした数秒後には地面の砂利を一杯舐めることになっている。
 腰が完全に抜けて立ち上がれない僕に父さんは近寄ってくる。もちろん、実際に音が出ているわけではないが、ズンッズンッと足音が響いているようだった。
「なぜ、殴られたかわかるか?」
 野生むき出しのまま凄むその目に完璧にカエル状態だった僕は何も言えずに恐怖の視線を父さんに向け続ける。数秒の時が過ぎて、父さんは腕を持ち上げた。またくる、そう思った僕は腕で顔面をガードする。しかし、次の攻撃は違った。
 僕のお気に入りのネクタイをわしづかみにされたかと思うと強制的に引き戻される。思わず喉に襲いかかる酸欠の恐怖に僕は必死に前進した。すると空いた腕僕の胸ぐらをつかみ持ち上げられた。
「なぜこういう事になっているかと聞いているんだ! おい!」
「ご、ごめんなさい」
 僕はなんとかそれだけを振り絞る。そしておびえると同時に、父さんの肩越しに見えるおばあちゃんの棺桶を見て思う。
 ああ、僕はなんて罰あたりなんだろう、と。
 あの時はあの女性に会って、罪の意識すら薄れた気がしていた。けどそんなことはなくて。おばあちゃんの葬式から悲しみのあまり逃げ出した事実には変わらない。一番僕がいなくちゃいけないはずのその瞬間に僕はいなかった。
 父さんが起こるのも当たり前だ。葬式の途中から逃げ出す馬鹿な孫がどこにいると言うのだろう。僕くらいしかいないではないか。
「ごめんなさい」
 僕は自称チャラい男だ。高校生の身空でタバコも吸うし、酒も飲む。しかし勉強だけはかかさない。成績も中の上である。喧嘩だってしたことないし、盗んだバイクで走りだしたこともない。というか免許だって持ってないのだけど。
 そんな中途半端なチャラい男でちょっと不良だ。
 その僕が今どうしているだろうか。この頬を流れる液体は何だろうか。鼻血だろうか。しかし鼻血は目から流れ出るものではないから却下だ。それにこんなにしょっぱくもない。人前で泣くのが嫌だった。だからあのあぜ道で泣いていたのに。中途半端なチャラ男にだってプライドはある。こういう時こそ笑うんだ。俺悲しくないしとか言いたいんだ。でも、しょうがないじゃないか。心に整理がつかないときだってある。僕はまさにその時なんだから。
 ごめんなさいと言いながら涙を流す。
 うしろで母さんが泣いていた。僕の情けない姿を見たからだろうか。
 僕の胸ぐらを掴む父さんの顔は悲痛な面持ちで、今にも泣きそうなくらいに切なそうで。
 そんな姿を見て僕はまた泣く。
 ひたすらに耳にリピートされる時計の音が煩わしかった。
 カッチコッチカッチコッチ。カッチコッチカッチコッチ。
 このまま、時間が止まってしまえばいいのに。


 ひやりとする感触が少しだけくすぐったい。お線香のにおいを一杯吸い込んだ棺おけは、少しだけ安心感を僕に持たせる。チャラ男で怖がりな僕は普段ならば怖くて一晩などとんでもないと逃げ出すような空間に自分の身を置いている。
 時間はとうに深夜を過ぎている。丑三つ時に近い時間だ。それだと言うのに僕は一人仏間にいて。おばあちゃんが眠る棺おけの側に僕は座っている。自分のしたことについての贖罪なのかと言われれば大きな声で否定はできない。しかし、ただ僕がおばあちゃんと話していたかったのだ。
 こんな田舎の葬儀屋はそこまで遅くやっていない。だから、時間も時間だと言う事で火葬は明日に持ち越しと言うのが父さんたちがここを立ち去る間際に残した言葉だった。父さんはあの後に胸ぐらから手を話すと小一時間ほどおばあちゃんとの昔話をしてくれた。僕はそれをダラダラ涙を流しながら聞く。
 父さんは最初こそ怒っていた顔を次第に緩ませて、そうして僕の頭を優しくなでるのだ。
「なぁ、俺はな。ばあちゃんが好きだった。尊敬できる人だった。お前はどうだったんだ?」
 優しい父の表情で聞かれて僕は迷わずに言う。
「好きだった。大好きだったよ」
「そうか」
 父さんはにこりと笑ってすぐに顔を背ける。一瞬涙が光った気がしたけど、父さんには父親としてのプライドがある。そのことについては触れようとはしなかった。
 しばらくして、父さんは立ち上がる。母さんが立ちあがるのを手助けしながら僕に言った。
「火葬は時間の関係で明日になった。だから、お前はおばあちゃんに言い残したことがあるなら言っておきなさい」
 おやすみ、と襖は締められる。
 そうして今に至るわけだ。先ほどまでは煩わしくてしょうがなかった時計の針の音が耳に心地よく響く。おばあちゃんに言いたいこと、そんなことはありすぎて言葉に出来ない。
 いざ言おうと思っても上手く言葉の引出しから持ってこれないのだ。だからせめておばあちゃんの側にいて、そしてそのときを迎えようと思ったのだ。
 よかった。おばあちゃんの最後を見ることなく、火葬が終わらなくて。僕は感謝する。僕の起こした間違いが、一生の後悔を残さずに済んだことを。時間のおかげで僕はこうしておばあちゃんとの時間を作れているのだから。
 しばらくして段々と頭の中がクリアになっていく。言いたいことをまとめることが出来てきた。
「そう言えばあのね」
 まぁ一番に話すことは決まっているだろう。それは僕のことだ。
「僕さ、もう高校生なんだ。ここ何年か、父さんのお店が軌道に乗るまではってこれなかったけど、随分と成長しただろ?」
 そして次は懺悔だろうか。心の中で思って自分を嗤う。
「でも、健全ってわけじゃない。タバコもお酒もやる少しワルな高校生なんだ」
 まぁこれに関しては父さんも黙認してくれている。自分もあの頃は悪さをしたもんだと笑っていた。母さんは頭を抱えていたけれど、それでも生ぬるく見守っていた。ただ一つだけ、ある程度の悪さをするのはいい、しかし、人を傷つけるような悪さだけは絶対にしてはならないと言う父さんの言いつけを守っていたから。
 そして話は今日のことになる。
「今日さ、おばあちゃんの葬式抜け出しちゃって、それで女の人に出会ったんだ」
 中抜けなんてずるをしたんだ。少し、女性のことでも話しておこう。僕はそう思って話す。
 話せば話すほどあの女の人が魅力的だったなぁと思ってしまった。不謹慎な自分に笑いつつもカツを入れた。
 あの黒髪が美しかった。あの骨格が美しいと思った。全てが女性らしさを表現しているようで、その匂いにくらくらとしてしまったものだ。
「おばあちゃんが死んじゃって、悲しくて抜け出して一人で泣いているところに来たんだ」
 また会えるかな。
 そんな不謹慎なことをまた思う。
 最後におばあちゃんに言いたいことがあった。
「ねぇ、おばあちゃん、なんだかんだあるけどさ、僕は元気でやってるよ」
 夜が更けていく。
 僕は結局漆黒の支配する空が白み掛るまで、そこを離れることは無かった。
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