オンライン小説ブログ~青春文芸部~

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「サークル執筆作品」
『縁堂へようこそ~真子の章~』


3

2011.04.12  *Edit 



「ふむ、それで以上なのかい?」
「そうです」
 近衛双樹はいつものように無表情に事務所の所長に依頼の報告をしていた。所長の名は松波千秋という。しかし、特に事務所内、仕事の途中では「所長」または、別名である鈴蘭という名前で呼ばないと怒られる。鈴蘭は双樹にとって、力で対抗できない人物であり、この二人の関係を保っているのはある意味、力の主従関係というところだろう。
 事務所の中は静まりかえっていた。詩織はソファでファッション雑誌とスーパーの広告を交互に睨んでいる。副所長の有塚勝は双樹と鈴蘭の話を耳で聞きながら書類仕事をしているところだった。
「ふむ。分かったよ。そいつは本体ではなかった、というところがやや気がかりだが、依頼の方は片付いたわけだ。あれ以来、あそこでは変なことは起こっていないってさ。工事は順調に進めることができるらしい。ありがとうよ」
「いえ」
 鈴蘭がニカッと笑って手元にあるコーヒーをすすった。そして、噴きそうになる。
「なんだ、これは……あっま。おい勝、お前私の好みとか未だに理解してないわけ?」
 勝が話を振られて顔を上げる。
「え、すまん! ぼうっとしてたみたいだなぁ、俺のと間違えてる」
「だろうな! 勝が甘いのが好きなのはよく知っているさ」
 鈴蘭が怒鳴ると勝は悪い悪いといいながらコーヒーを入れなおしに給湯室に急ぐ。いなくなったのを見て椅子に座るとため息をついた。
「あいつはいつになったら覚えるんだよ、まったく」
 で、と。
「調査の必要はあると思うかい?」
 と双樹に質問を投げかける。
 ずっと気になっていた。あの事件は中途半端すぎたからだ。しこりが残るような気持ちの悪い感触がいつまでも胸の奥に巣くっているのを気に病んでいた。
「はい、このままでは気持ち悪いし、それに、嫌な予感もしますから」
「そうか、確かにね。予感というやつは大事な要素だ」
 動機としては少し不純かもしれないが、もちろん、双樹としてもこれ以上に被害を増やさないためにという信念もあった。あの事件は絶対にこれから何かが起こるという前兆に思えてならなかったからだ。
「あいつらが分身を使うほど戦い方が変わっているのは意外だった。少しはこの世界における効率の良い戦い方っていうのを学んだのかもしれない。
そして、この世界におけるっていう定義の基にだが、本体を倒さない限り事件は終わるというわけにもいかんだろうしなぁ。
 まぁしかし、だ。事件が悪化すれば、警察だって私たちに調査を依頼せざるを得ない状況になる。聞くところによると、確実にあいつらがかかわっているからな」
「挟間の世界、ですか」
「ああ。ていうことはだよ。間違いなく、私たち縁堂の出番ということさ。ここの事務所の管轄かは場所によるが、東京だったらまずここに回ってくる」
「それまでは静観ということなのでしょうか」
「調査をちまちまやるくらいならそれでも良いと思う。しかしね、表立った行動は今は慎んでもらいたい。私にも立場ってもんがある」
「了解しました」
 双樹はお辞儀をすると、鈴蘭の前を後にする。
「あ、ちょっと待ってくれ」
 行こうとする双樹を鈴蘭が呼びとめた。振り向くと、神妙な顔つきで双樹を見ている鈴蘭の顔が目に入る。
「お前の性格は知っているつもりだ。だから、忠告しておく。もしも相手の本元をみつけても、勝手に行動するな。私を呼べ。いいな?」
 察しがいいなと双樹は思った。双樹の性格が少々こういう調査には不向きかもしれないことを鈴蘭はよく分かっている。さすが上司だ。双樹はもう一回お辞儀をすると、雑誌を読んでいる詩織の元へと行き、上から見下すように詩織を見た。
「学校行くわよ。今からなら二時間目には間に合うわ」
 実は今日はこの報告をしに事務所に寄らなければならなかったために、高校を遅刻することは決まっていたことなのだ。今から走れば何とか二時間目には間に合う。しかし、双樹の言葉に詩織は雑誌を落とす。
「は、はぁ? 今日はサボるんじゃないわけ?」
 何を言っているんだろうか、この生物は。
 信じられないものを見るような目で詩織は双樹を見つめるが、それは双樹がやりたいことだった。もう面倒なので、強引に脇をつかむと、そのまま引きずっていくことにした。
「ちょ、やめてよ! サボるつもりで来たのに! 昼のタイムサービス行けそうなのに! 今日はお肉が安いのに!」
「そんなものは知らないわ。あなたは少し勉強して学をつけたほうが良いわよまったく」
 強制的に連れて行くと、入り口でコーヒーを持った勝に会った。
「おう、双樹、これから高校か」
「はい、行ってきます」
「行ってらっしゃい。詩織に手加減してやれよ」
「努力します」
 挨拶を済ませるとドアを開ける。今日も雨が降るらしい、だから空が不吉に黒ずんでいるのだろうか。
 ズルズルと詩織を引きずる。諦めたのか抵抗はない。いつもならもっと反抗するので不思議に思って振り向くと、面白い顔をしていた。
「ふふふ、見ちゃったわ見ちゃったのよ!」
「何が?」
「あんたって絶対に勝さんのこと好きよね~」
「はぁ!?」
 カッと頬が上気するのが分かった。詩織にいいように言われたのが悔しくて、双樹は征服を持つ手をばっと離す。瞬間に重力の力で詩織は地面に頭突きをした。
「いったぁ……なぁにすんよ!」
「うっさい」
 双樹はぷいっとそっぽを向くとズカズカ歩く。双樹の中で、有塚勝という男は確かに特別な存在だ。特殊な業界にいれば、その名を知らぬものはいないだろう、松波千秋の助手であり、事務所の副所長、仕事はできるし、生活面では少し大雑把でワイルドなところはあるが、いつも気遣いを忘れない姿勢には尊敬の念を抱いている。しかし、それを恋慕という気持ちと入れ替えてしまうのはどうだろう。あくまで双樹にとって有塚勝は尊敬すべき上司であり、恋愛の対象ではないのだ。絶対に。絶対にだ。
 閑話休題。
 詩織は起き上がると、ぶーぶー言いながら双樹についていく。高校はもう目の前にあった。


 結果的に言うと二時間目には間に合うことはできた。理由は病院にいっていたということにしておく。そして休み時間が訪れて、双樹が教室でいつものように一人で弁当を食べていた。
 詩織はいつも休み時間になるとクラスメイトの友達と場所を変えてご飯を食べている。クラスの人はほとんど友達みたいなもので、今日は弁当を作っていなかったようだから食堂にでも行っているのだろう、と思っていたときだった。
 双樹の机の上に菓子パンやらが入ったビニール袋がどんと置かれる。ふっと見上げると、友達と教室を出て行ったはずの詩織が立っていた。
「今日は食堂じゃないの?」
 不審に思った双樹は警戒をしつつ言葉をかけた。進んで詩織が双樹にコンタクトを取りたがるときというのはロクなことが起きないというのが双樹のジンクスである。詩織はアハハと笑うと肩をすくめた。
「うん、今日は菓子パンにしたの。友達と一緒じゃないのはさ、ちょっと話があって」
「話?」
「うん」
 にこやかに話していたが、途端に真面目な顔になると教室の出口を指差した。
「あの依頼に関係があるかもしれない話を仕入れたんだよ。ここじゃなんだし、屋上に行かない?」
 あの依頼、という言葉に思わずピクリと反応する。詩織は顔が広いだけあり、情報収集に関しては中々信頼しているところもあるのだ。その詩織が言うのだから、少なくとも、無碍にするわけにはいかないないだろう。
「分かったわ」
 双樹は弁当箱を包みなおすと、鞄を持って教室を後にした。


「で、話って何かしら」
 双樹はまた弁当箱を開けなおすと、食事を再開した。生憎、晴天下で青空食堂とは行かないものだった。今もなお、天気は曇りで、いつ降り出すか分からない表情をしている。
 詩織はコーヒー牛乳のパックにストローを入れて、パリッとパンを取り出すと向き直った。
「ん、あのさ、気になる噂があったんだ」
「うわさ?」
「うん。これは、私の友達の姉とか兄が聞いてる話らしいんだけど……」
 詩織は語りだす。とある、大学である噂が現在流行していると。それはニュースを最近騒がしている連続行方不明事件にも関係していることであり、その内容とは、人が突然消えて、そしてある日いきなり戻ってくるというものだった。当人には誰かに誘拐されたなどの記憶はないことから事件性は認められず、地元では“神隠し”と呼ばれ恐れられているということだった。
「神隠し、ね」
 食事の手を止めると考える。詩織の言葉を信じるとして、奇妙な点があった。それは、その噂を聞いているのは、全部年上だということだ。大学生で特に性別などは関係ない。しかし、聞いてみると、その噂を話してくれたという生徒が在学している学校がすべて同じということだった。
 そのことを話してみると、いまさら気づいたらしい。すごい発見をしたみたいな表情で双樹を見てきた。
「すごいじゃない! さっすが双樹っ」
「なぜ聞いているときに気づかなかったのか、逆に気になるわよ……。ほかに、その近辺の学校に在学している人の関係者には話は聞けた?」
「聞けたよ。でもね、変なの。その大学でしか流行はしてないみたい」
 いわゆる都市伝説か何かの一種なのかもしれない。どこの学校にも一つは怪談話などが存在する。何かの事件をきっかけに広まった風説なのかもしれない。どちらにせよ、興味はある。
 そして、双樹にとってもいまさらなことを思い出す。
「そういえば、よく、私が調査すること知ってたわね。あなたにはあとで言おうと思ってたのに」
「ふざけないでよ! 私だって聞いてたわ。それとも何? 私が雑誌読みながらチラシ見てサボってたとでもいいたいのっ」
「分かってるじゃないの」
「きぃぃぃぃ」
 双樹が外国人張りに肩をすくめると悔しそうに地団駄を踏んだ。双樹は自分で話の流れを外しながら、既に詩織の態度が面倒になっていたので、軌道修正をすることにした。
「まぁそれは置いておくとして」
「置いちゃうのかい!」
 すかさず飛ぶ突っ込みはスルー。
「調査をするとしたら、まずはそこね」
「スルーなの……ちぇ。そうね、そうなるわ」
 捻くれている詩織は面倒くさい。パンを二個開けると同時に頬張っていた。メンチカツが半分くらい無茶な食べ方のせいでずり落ちた。「ああああああ」と悲惨な声を上げているが、至ってクールに双樹は食事を続ける。
 血も涙もないとか詩織はほざいているが、きちんと考えられる頭があるので、特に気にすることもないと思い、無視することにする。
 土地と関係しているのか、それともただの偶然か。もしかしたら案外、早いことこの事件は解決へ向かっているのかもしれなかった。予定としては、この後授業が終わり次第、現場へと向かうことになる。情報収集の手段としてはネット、過去の新聞、新しい新聞、雑誌や雑誌のバッグナンバー、そして聞き込みなどをすることにした。なんとかして、大学内部にも潜入できたらさらにうれしい。
 そろそろ弁当の中身も尽きたころ、双樹の頬が一瞬濡れたような感触があった。触ると、微かに湿っている。詩織にストローでコーヒー牛乳でもかけられたという可能性を一瞬考えつつも、べとべとしていないし無臭であることから除外。上を見た。
「降るわね」
 空は既に臨界点に達しているようだった。暗い雨雲は微かに黒かった色をさらに濃いものとしている。もう水も溜め込むのが限界と見た。直に本降りになる。
 双樹はいち早く弁当を仕舞い、戻る準備をした。双樹が立ち上がるのを見て、急いで詩織が戻る準備をしている。双樹がドアにたどり着き、校舎内に入ったときだった。
 ザーと比較的に大きな音が聞こえ始めた。見ると、たちまち大降りの雨が降っている。詩織が雨に濡れながら嫌ぁとうなっているのが聞こえた。これはいつもどおりに放っておくことにした。
 さて、あとは午後の授業をこなし下校時間になる。調査に行く前に、勝には連絡しておいたほうが良いだろうかと携帯を取り出そうとした。しかし、ポケットに携帯が見当たらない。少し焦って他も探すが、どうやらない。家からは確かに持っていったので、事務所に忘れてきたらしい。まぁそれは後でもいいかと思い、とりあえず、今日は学校が終わったら色々行動を始ようと思った。


‡‡‡


 降っては止んだり、降っては止んだりと本日天気はご機嫌が斜めなようだった。
 なんだか、変な天気だと思う。
 今日こそはきちんと傘を装備していた真子は思った。現在、大学内の九号館にいる。奨学金のことで見ておかないといけないことがあったので、それについて手続きを確認しておくためである。今回は特に書かれていないらしい。
 以前、真子の友達がついうっかり忘れてしまっていたらしく、窓口の職員に「君は自覚が足りない」とどやされていたそうだ。あの眼鏡野郎覚えておけよ、と不吉に笑っていたのを思い出した。
 いつもは菜柚も琴奈も隣にいるはずなのだが、今日はそういう日じゃない。サークルの日なのである。ということは、同じ美術部である、二人も一緒なのではないかという疑問に突き当たるかもしれないが、真子は違うサークルを掛け持ちしているから、それには二人が関与していないというただそれだけの理由だ。
 オカルト研究会、それが真子の所属しているサークルの名前である。活動内容は至って簡単、日々怪奇を追いかけ、追求する! とは名ばかりのオカルト好きが集まって、駄弁っているだけのサークルだった。内容自体に意味は見出せないけれど、それによって、怪談友達ができるのは真子にとって幸せなことだ。
 オカルト研究会、略してオカケンに行けば、きっと真子がノートを貸した人物にも会えるはずだと意気込んでいく。時間になったので、ウブンイエウンにてから揚げスティックと飲み物を買って活動教室へと急いだ。ちなみに愛好会のオカケンは部室などはなく、十号館の一室を借りて活動をしている。
 がらりと、活動人数よりは大げさに思えるほど大きな教室へと足を踏み入れると、そこにはいつものメンバーがいた。しかし、少しだけ様子がおかしい。
 メンバーは気づいて真子に手を振った。
「あ、真子」
「おーう」
 真子が席に着くと、会長が真子の前に来る。
「あのさ、来てもらったばかりで悪いんだけど……」
 嫌な予感がした。こういうときの予感というのは大抵あたる。真子のジンクスだ。
「今日は活動中止ね。私、急いでいかないといけないところがあってさ」
「はぁ」
 会長は四年生でなぜかまだ会長をやっている人物だった。おまけにまだ就職先は決まっていないのだという。おそらくだが、今日も早く家に帰ってエントリーシートでも書かないといけないんだろう。
「また今日もエントリーシートですか」
 呟いてみると、会長はアハハと笑って舌を出す。アハハじゃねーと思いながら、人懐っこい顔をする会長をなぜだか恨めないし怒れない。悲しい性だと思う。
「そうなの。みんなにはいてもらってもいいわよって言ったんだけどね」
「私たちはもう、天気悪いし帰ろうかって話しになったのよ」
 会長の言葉をメンバーが引き継いだ。ならば仕方ないだろうと真子は降参のポーズをとる。
「そうっすね、それなら仕方がない。帰るよ私も」
 席を立つ。そして教室を後にした。オカケンのメンバーたちは、一階までエレベーターで下ると、十号館の入り口で分かれることになった。なんとなしにまだバスの時間には余裕があるし、帰る気分ではなかった真子は構内をぶらつくことにした。
 今にも降りそうな雨空の下を歩く。湿った空気が肌にまとわりついて、そろそろ梅雨が来るのだと理解させた。梅雨がくれば夏が来る。今年の夏はどれほど暑いのだろう。もしかしたら、去年よりも暑いのだろうか。さすがに、九月の後半までもつれ込む暑さだけは勘弁してほしいところだ。
 ぼうっと歩く。十号館を過ぎ、十一号館を過ぎる。六号館を過ぎて、十二号館のあたりまで来る。ATMが二箇所にあり、このあたりは暗くなって、人通りがないとさびしいところだ。なんとなしに嫌なイメージを彷彿とさせる風景は真子に嫌悪感を抱かせた。
 そのまま進み、窯センターあたりが一望できる二号館の横まで来る。生暖かい風が頬を撫でて、その中でただじっと遠くを見る作業。案外飽きないものだった。このまま歩いていくのも良いかもしれない。今日はなんだか、すぐには帰りたくない気分なのだ。歩いて駅まで行くのも少しはいいかも、と思った。
「ねぇ」
 そのときだった。いきなり後ろで声がかかる。考え事にトリップしていた真子はしこたま驚いて、ギリギリと鈍い音でも出そうなスローモーションで後ろを向く。そこには見慣れた人がいた。いつの間にかたっていた。
「あれ、松本さん……」
 松本杏子。真子がノートを貸した人物、オカケンで真子との会話が二番目くらいに多い人だった。
 その姿はなんだか奇妙に思える。軽く外を出歩くには少しばかり薄着過ぎる気がしたのだ。なんと言うか、季節を先取りしすぎというか。杏子の格好とは白を基調としたシンプルなワンピース一枚。しかし、腕にマロン色のカーディガンが掛けられていることから、案外あれでバランスが取れているのかもしれないと思う。
 杏子はニコリと笑うと。二号館横のベンチを指差した。
「あそこに座らない?」


 とても変な時間が流れる。動くこともない、動こうともしない。ビンの底に溜ってしまったかのような、そんな時間の流れ方。何を話すでもなく、時折風が髪を揺らすくらい。それよりも真子は気になったのは、午前中、午後と雨が降っていたために中途半端にベンチが濡れていたことだ。杏子は冷たくないのだろうか。
 そういえばまだ食べていないことを思い出して、杏子がどこを見ているのか分からないのを横目に、からあげスティックをフモフモと無言で食べ始める。
「最近、雨が多いわね」
 杏子がつぶやく。確かにそうね、と真子は同意した。
「もう、梅雨が来ているんっすよ」
「確かにね」
 フフフと杏子は笑って、続けた。
「雨の日は嫌いよ、特に、自分という存在が薄く感じられてしまうから」
「薄く? 難しいこと言うね」
 その真意が分からずに、真子は首をかしげた。存在が薄くなる、という言葉の中に何が隠されているのかイマイチ理解できない。もしかしたら、隠されてなどいないのかもしれないけど。
 真子にとって、雨とは特に嫌うような対象にはなっていなかった。確かに、雨は濡れてしまうから嫌だと思う。晴れたとしてもベンチを濡らして人を困らせる。結構性質の悪いやつだとは思っている。でも、バスの中から見る雨や、窓越しに見る温度差で曇ったガラスの向こう側の世界は幻想的で好きだったりする。特に窓ガラスに額を押し付けて、薄く目を閉じながらその世界を見る。耳にはイヤホンがしてあって、ノア・ジョーンズの曲が流れているのだ。そういう楽しみ方が真子には一番お気に入りだった。
「難しいかな、ただそのとおりに言ったんだけどね」
 儚げに杏子は笑う。
「ちょっと聞いてくれる?」
 杏子はそう続けた。思わず、その笑顔に引き込まれる。それほど、杏子の笑顔は儚くて、抱きしめて、大丈夫だよ、と言いたくなるくらい弱弱しい背中だった。でも、今はそのときではないのだろう。聞いてくれといわれたならば、聞いているのが流儀なのかもしれない。真子は頷き、その先を促す。ありがとうというと、杏子はしゃべり始めた。
「最近ね、生きるってなんだろうって真剣に考えているの」
「生きる?」いきなり、重いワードが出てきて、少しばかり腰が引ける真子である。
「そう、生きる、よ。いきなりこんな話、馬鹿みたいだと思うかもしれない。でも、誰かに聞いてほしくて」
 それでね、と。
「今までは曖昧だった。言っちゃ悪いけど、こんな大学、狙ってたわけでもないし。それにね、私が夢を見つけるまでの、仮の止まり木、それが私が大学という場所に入った理由。
 ぼんやりと先が見えない道を進んでいくのよ。それは霧かもしれないし、陽炎かもしれない。私は未来というものが見えなかった。だから、夢をもって、帰り道のない専門大学や専門に行く人が眩しかったわ。私は何をやっているんだろうってね。
 だから、私は興味のあることに没頭したかったのかもしれない。それが怪談とか噂話って少しあれな気がするけどさ。楽しかった。でも、まだ曖昧だった。
 最近ね、やっと、そのモヤが晴れた気がするのよ。生きるってどういうことなのか。死ぬってどういうことなのか。その代わり、理解したときってもう、手遅れの場合が多いのよ。私のモヤが晴れた先には落とし穴しかなかった」
 真子には意味が分からなかった。どういう意味なんだろう。生きるって? 死ぬって? 何をどう理解したんだろう。話の内容が突飛過ぎて、今にも笑い飛ばしてしまいそうなのに。でも、杏子の表情を見ていると、それができない。苦しそうで、悲しそうで、何にそんなに悲しんでいると思うような、そんな表情。
「私さ、恐いんだ。体が震えるんだ。もう嫌なんだ。どうして私はこんなことになってしまったんだろう。分からないよ。ねぇ、真子……」
 困惑するように真子は杏子を見る。杏子はポロポロと涙を流しながら真子に助けを持て馬手来る。縋る様に、真子の手を握り、懇願してくる。
「自分が分からない。モヤは晴れたはずなのに、自分がわからない。特に、雨の日にそれは強く思うの」
「それが、雨の嫌いな理由?」
 思わずそれを聞いていた。杏子は一回だけ驚いたように目を見開いて、頷いた。
 まったく状況は飲み込めていない。これは小説なんかで言う、超展開というものなのだろう。でも、真子の膝で静かに泣く杏子をそっと撫でる。
「ありがとう、真子は優しいんだね。こんな意味不明な言動、普通の人なら頭がおかしいって放り出すわ」
 杏子は自嘲気味に笑う。そんな杏子を真子は笑えない。目の前に悲しそうにしている人がいる。絶望のどん底で一本の糸を待っているような目をしている人がいる。誰が笑えるだろう。誰が嘲ることができるだろうか。
「やさしくなんかないっす。ただ、悲しそうだから。私も悲しいときは寄り添ってほしいと思うから。だから松下さんに寄り添うの」
「それをやさしいっていうんだよ」
 涙を人差し指で拭いながら、杏子は笑う。そっと、真子から離れた。よろよろと立ち上がると、杏子は言った。
「ありがとう。もうちょっとだけがんばれるかもしれない。ありがとう」
 そして歩き出した。真子はベンチに座ってそれを見送る。なぜだか腰が上がらなかったのだ。杏子は手を振りながら去っていく。最後に口で文字をなぞって、そして、闇夜へと消えていってしまった。
 ――バイバイ。
 真子にはそう見えてならなかった。長い別れのような挨拶だった。もう会えないかもしれないと思った。杏子の姿が完璧に見えなくなると、フッと体の力が抜ける。やっと立ち上がると、頭を抱える。
 まるで夢のような時間だった。白昼夢ではないけれど、起きていながら夢を見ているような感覚だ。ふわふわと精神だけ浮かび上がるような感覚だった。あれはなんだったんだろうと思うけれど、その真相は何一つ分からなかった。
 ポツリ。
 呆然と立ち尽くしていると、頬を何かが濡らす。指で触れるとそれは水滴で。見上げれば、段々と雨粒が落ちてくるのが分かった。また降り始めたのだ。
「あああああああ、もうっ」
 ダンダンと地団駄を踏んで傘を差す。まるで意味の分からないというのはなんとも居心地の悪いものだと思う。もう嫌だった。さっさと帰ることにする。
 先ほどは歩いて帰ろうかとも思ったものの、雨が降り始めたのなら話は別だ。生憎、大学から出るバスはとうに、最終バスを過ぎている。馬草団地まで歩いていくしかないだろう。
 居心地が悪いと思いながら道を歩く。
「そういえば、ノーと返してもらってないじゃん」
 更に嫌なことを思い出してしまった。
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