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オンライン小説ブログ~青春文芸部~

「サークル執筆作品」
『山田アフター~a secretスピンオフ~』


7

2011.04.09  *Edit 




 デートも終盤と言う事で。俺は公園に来ていた。ポジションは草の陰。見つからないように、でも、ギリギリ声が聞こえてもおかしくないんじゃないかな~というような距離だ。嘘である。実は少し遠いところから双眼鏡を使ってみている。俺は最近どうも近眼なのだ。少し遠いくらいで双眼鏡を使う事はないのかもしれないが、それはそれ。これの方が味があって良いだろうという意味もある。
 もはや漆黒色の空には限りなく分厚い雲が覆っていた。
 ああいう雲をみると時折不思議に思う事はないだろうか。例えば、夜に晴れている、という言葉は一見違和感を感じる。夜なのに晴れているの? それは俺が晴れているとは、太陽が燦々と雲が無い空で輝いているという事を定義づけているからに他ならない。そして今日は曇っていた。
 いつもの漆黒色よりもさらに黒く。重苦しい空気をはらんで、そこに鎮座している存在である。
 雨大丈夫かな。
 いよいよ心配になってくるのだ。今はいい感じに雨は降っていないけど、このままではそうもいかないだろう。降水確率は高かった。それだけで警戒には値するのだ。ただでさえ、先日の雨で地面は凍っている。水がたまっているところはとても滑りやすく危ない。俺でさえ、合計二回か三回は今日だけで転んでいる。そのせいでお尻がヒリヒリといたむ。ついでに骨が痛いという幻覚さえ覚えるのだった。
 俺がそういうことを思っている内に、「きゃっ」という甲高い声が聞こえた。そちらをみると、島津さんが滑って転びそうになっているところで優佳先輩が助け起こしたらしい。その姿はさながら王子と御姫様のようだった。もちろん、補正が九割入っているところは気にしないことにした。
 二人は適当なベンチを見つけるとそこに腰をかけた。ついでに言うとここは噴水とかからも離れていることからあんまり人が来ないスポットである。周りには外灯が少ししかないようなことも影響して、二人きりになるにはもってこいのはずなのだ。
 ん、大丈夫そうだな。
 双眼鏡を覗き込んで思わず俺は微笑んだ。そこには幸せそうな二人がいた。心から楽しいと思っているようなそんな表情だった。
 今聞こえているのは虫の声だ。空がうごめく鳴き声だ。木々がざわめく音だ。二人の会話が内容は分からないとしても空気の振動で何か話している程度には聞こえていた。それと俺の呼吸音。
 自分の呼吸と言うやつはなぜだか大きく聞こえてしまうもので。音量としてはあちらには聞こえるはずもないほどのものなのに、妙に気になって、聞こえないような努力をしてしまう。
 頑張れよ。ここまで来たんだ。だから、頑張れ。
 もうそろそろ見ていていい場所でもないかもしれない。そう思った。ここからは二人の神聖な時間なのかもしれない。必ずしも島津さんが告白を成功させるという確証はなかった。なぜならば、その恋愛とはある意味特殊なものだからだ。でも、それでもこれは二人にとっての強いては島津さんにとっての大切な時間だろうから。だから俺みたいな無粋な奴がいていいわけが無かった。
 邪魔者はここいらで退散である。
「本当に俺は何やってんだか……」
 そう呟いて、その場を立ち去ろうとした時だった。
 ふと視界に入る三人の影。見てくれはいわゆる不良と言うやつで。見た目からして悪いことしてます~って語っているような感じがした。
 いやいや人を見かけで判断しちゃだめだろう。
 得てして顔が怖かったりする人は悪い人に見られがちだが、実は電車では真っ先にご老人に席を譲ったり、雨の中、捨て猫を助けたりしているものなのである。テレビの見過ぎである。
 進行方向からしておそらくはこのままいけば島津さんと優佳先輩の所まで行くのだろう。そしてそれはあまり好ましい状況とは言えない。しかし、あの人たちがそんなに悪い人じゃなかったら、何か言うわけにはいかないし……。
 やがて遠目に二人の姿を確認したのか、下卑た裏声を一人が上げた。もうちょっと近づいて会話を確認する。
「なぁなぁ~あんな所に上玉発見!」
「だな~俺たちにクリスマスプレゼントかもよ?」
「バッかじゃね? んなわけねーじゃん。どんだけ子供っぽいんだよ」
 いや~とっても不吉な感じがするね。やはりああいう連中は総じて悪いものなのか。俺の凝り固まった不良像がより鮮明に書きかえられた。ああいうやつらに良いやつなんていないのだ。
 とりあえずまだ出ない。まだ早い。
 三人の会話は続いた。
「そうだな~。ここは遊びをしようか」
「遊び?」
「そうそう。じゃんけんして、負けた奴が二人であの女達をナンパしにいくって奴」
「断られるに決まってんじゃん! ありえねー」
「まぁ話を聞けよ。ここらへんは人通りが少ないし、ある程度強引でもいいって思うわけよ」
「つまり……?」
「そう、そのつまりってわけだ」
 ギリっと俺は拳を握る。力が入りすぎて爪がめり込んだ。
「やっちゃいますか!」
 最後に三人のうちの誰かが言って、じゃんけんをしようとした時だった。
 俺は何も考えずに茂みから出るとそいつらに近づく。
「あぁ?」
 一人が俺をにらんだ。
「何だアンタ。用でもあるんか?」
 用だと。あるさ。一つだけあるさ。
 もう怒りで頭がいっぱいになっていた。馬鹿になるんじゃないかと言うほど血圧が上がり続けているのが分かる。
 誰があの空間を邪魔してよいものか。
 誰も邪魔してはいけなんだ。
 島津さんの大事な時間を、お前らなんかが邪魔していいはずが無い。
「ああ、あるよ。お前らはこの先には行かせない」
 一人が笑う。
「お前頭大丈夫かよ? ここは公共の施設だぜ。お前がどうこう言う資格はないだろうってな!」
 三人とも笑った。
 いいからその下品な笑いをやめろよ、二人が気づいて、島津さんが嫌な気持ちになったらどうするんだよ。大事な所なんだよ。ここが正念場なんだよ。俺が守りたい空間なんだよ。時間なんだよ。邪魔するなよ。ふざけるなよ。俺は、俺は。
「うっせぇ、聞こえてたんだよ。あの女をどうするかっていうのをさ」
 その一言で男の笑いが止まった。やはり聞かれては嫌な部類の話だったか。
俺は足のばねを確認する。とりあえず、こいつを引きはがさないと。
「あーあー。聞かれてたよ。どうするお前たち?」
「まぁ~ね~」
「そりゃ~ね~」
「「「黙らせる」」」
 妙なところでハモってるんじゃねーよ。やばい足が震えている。
 やはり俺は根暗男だ。根元の根元まで根暗なのだ。こんな状況に慣れていない。通信カラテすらやっていない。授業でやった柔道だって乱取りの時に投げられっぱなしだった。技ありも有効もとったことが無い。逆に逃げて注意くらって判定負けしていたくらいだ。
 三人が一気に加速をつけた。俺もスタンディングスタートの形で加速をつける。とりあえず足では負ける気がしない。
「やらせるわけにはいかないんだ」
 俺は一人だけに的を絞って全力でショルダーアタックをかけた。


 俺のショルダータックルを食らった男は結構派手に吹っ飛んだ。肩を当てる時に絶妙な所に当たったらしく、相手が軽く感じたくらいだ。
 吹っ飛んだところを追いかけて、起き上がったところでさらにショルダータックル。吹っ飛んだところで全力逃走。
 とにかくここから引きはがさないと。
 そういう思いに駆られながら俺は走る。
 走れ! 走れ! 死ぬ気で走れよ!
 心臓が悲鳴を上げる。何のウォーミングアップも無しにあんなに走れば当然のことで。足が大丈夫でも心臓に悪い。先ほどなんて慣れないことをしたものだから肩がズキズキを痛みを発していた。もしかしたら打ち身みたいになっているのかもしれなかった。
 案の定、後ろからは目を真っ赤に充血させて怒り狂っている男が追いかけてくる。さっきショルダータックルを喰らわせた奴だ。その後ろに追従するかのように二人が走っていた。どちらも軽くキレているかのようだ。
「待てやこらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 そんなに叫ぶなよ。まだそこまで離れてないんだから。
 まだだ。まだ離れなければいけない。
 そしてある程度走ったところで。恐らくはもうここまでくればあっちは大丈夫だろうと確信する。しかし、問題が一つだけ残っていた。その問題とはこのさきどうやってやろうかというものだった。
 あの時は二人の空間が侵されると思って頭に血が上りすぎていた。そのせいで向う見ずな行動を取り、現在死地に立たされていると言っても過言ではない。いや、自ら立ったのだが。
 この先交番までいくにしても相当な時間を要するはず。こういう時に限って、近くにはないものだ。ではどうするか。ここで奴らを撃退するか? いや、俺にはそんな力が無いことは自分が一番分かっているではないか。俺は非力だ。俺は根暗だ。俺には奴らを撃退する主人公スキルなど持ち合わせていない。
 こういう時にマンガで見たみたいに、真なる自分とかに覚醒出来たらな~とか中二病っぽいことを考えていた時のことだ。
 目の前に現れたのは巨大な水たまりもどき。もとい、先日の雨で出来た水たまりが凍って出来たツルツルな地面だった。
「ちょっ」
 考えた時はもう遅い。俺は踏み入れた足から氷の層につっこむと、盛大に滑る。股間が裂けるのではないかという激痛に襲われて、そのままずっこけた。
 後ろで三人もずっこけたらしいが、いかんせん。距離が近すぎる。俺はとうとう三人につかまった。


 暗い公園には人を殴る音が響いていた。ついでにうめき声もだ。ちなみにそのうめき声とは俺が発したものなのだけれど。
「ぐっ」
 もう、頭を殴られ過ぎておかしくなりそうだった。足もけられていたいし、口の中は出血で鉄の味しかしない。
「うあああああああ」
 殴りかかってくる一人の腕に俺はかみついた。思いっきりかみついた。蹴っても駄目だ。殴っても勝ち目はない。ならば何が一番効果的か。相手にダメージを与えられるかを考えての行動だ。
「いってえなこの野郎!」
 もう一方の腕が側頭部に命中して俺は顔から地面に着地する。冷たい地面が傷に染みた。もうかれこれ、三十分はこんなじゃ状況が続いているのではないかと思う。殴られてはかみついて、蹴られてはかみついて、いい加減相手も息が切れているようだった。
 痛かった。とにかく痛かった。
 向う見ずに飛び出したのを今さら後悔し始める。しかし、結果的に二人の空間を守れたのなら、それはそれで僥倖なのではないかと思えた。
 そして何より、不幸中の幸いと言うやつか、この三人は刃物は持ち合わせていないらしいという事が先ほどからやられ続けて確信した。不良ならばだれでも持っていると思っているものだから、それはとても安心できることの一つだった。
 でも、暴力でも人は殺せる。刃物などなくても、それでも殴られ続ければ人は死ぬのだった。
 内臓が痛い。ねじれるように痛かった。さっきから体の柔らかいところばかりを狙われている気がしてならない。
 俺も一矢報いたいと言う気持ちは当然のことあるけど、それでも無理なものは無理だ。体力とかそういうものを考えると、相手の方が場馴れしているだろうし、何より数が相手の方が多いではないか。
 この貧弱な筋力を考えれば、十分に多勢に無勢と言ってもおかしくない状況ではあるだろう。
 ぼーっとする頭で考える。
 いまここでちゃんとあいつらを追い出さないと、また島津さんのところに行ってしまうのではないかという恐怖。
 それだけ嫌だった。
 その嫌という気持ちだけが俺を動かしているに他ならない。
「ふぅふぅふぅ」
 荒い息で相手を威嚇する。体で負けても心では負けてやるもんか。
 相手は何度も殴られ続けても睨んでくる俺に嫌気がさしたのか、それとも気持ち悪いとでも思ったのだろうか「これで最後にしね~?」とか言っていた。十分に油断している証拠だった。
 一矢報いるにはここしかないのかもしれない。
 俺は痛みと恐怖で震える足を踏ん張らせる。一気に跳躍できるように、狙うは相手の顔面。俺は死ぬ気であそこに飛び込むのだ。
 じりじりと時間は過ぎて、相手は“最後”の一発を構える。随分と大ぶりなパンチだった。これだったらあるいはいけるかもしれない。
 そして、
「おらあ!」
 その拳が振りおろされた瞬間に俺はグッと足に力を入れて跳躍する。バネを最大限に生かし、反動に身を任せて頭から相手の顔面につっこんだ。いわゆる頭突きと言うやつである。
 決死の一発は成功に終わった。
 見事相手の鼻っ面に俺の頭突きを喰らわせる。否、ちょっと下だったかもしれない。思いっきり顎に命中してしまった。
 しまった、外れたか、そう思った時だった。
 なぜだか知らないが、俺にパンチをしようと思っていた男が白目をむいて倒れこむ。気絶でもしたらしかった。
「まじかよ~」
「お前馬鹿じゃね~の」
 残りの二人は頭を抱え込む。そして俺に一瞥をくれるとそこから立ち去って行ってしまった。
「もうこいつやられたからい~や。助かったな、坊や」
 段々と遠くなっていく三人の影。
 あれは普通、よくもやってくれたなと仲間が反撃するところではないだろうか。それなのに、あいつらはすんなり諦めると行ってしまった。
 それにより浮かぶ一つの事実。それは“助かった”という事だった。
 助かった?
 たすかった?
 タスカッタ?
「うはは、うあははははははは」
 乾いた笑いと共に腰が抜けてしまう。その場に倒れこみ、壊れたような笑いが止まらなかった。
 よかった。助かった。守れた。
 情けない終わり方だけど、それでもこの俺にしてはかなりやったと思う。根暗な俺がやり遂げたのだ。ご褒美くれてもいいんじゃないかと思うくらいな行動であったという事は認識しているつもりだった。
 ――島津さん、あなたは今どうですか?
 しばらくは立てないだろうから俺は天に祈ってみる。すると漆黒色の空がグレーの斑点に染まっていた。
 はらはらと落ちてくる。ふんわりと落ちてきた。その結晶は冷たくて、とってもとっても冬っぽい。
 雪の結晶が傷に染みてとっても痛かった。
「雪だ……」
 なんだ、雨じゃなかったのか。俺は天気予報を少しだけ怨む。
 雪は服に付くとシミになりやすいのだ。



 しばらくすると、体が再起動を始める。ある程度休んだ体は再び動こうと足を動かした。
「いっつぅ」
 やはり蹴られた跡が痛い。でもこれは勝手に勲章と言う事で納得することにした。勲章なのだから誇ればいい。だから俺は立ち上がると痛みを我慢して歩き始める。
 もう一時間半はあそこで寝ていたはずだった。だから、もう今さらあそこにはいないかもしれない。だって、雪も降ってきているし、もし二人で移動したとしてもベンチなんかなじゃなくて屋根のあるところに移動するのが道理というもの。
 だけど、少しだけ気になった。
 本当ならこのまま家に帰るのもいいかもしれない。風呂に入りたいし、傷の手当てもちゃんとしたいからだ。
 でも気になる。最後にあそこを一度だけ見たら帰ろう。そう思って俺は歩を進めた。
 頭や服に雪が張りつく。俺は思い出したかのように鞄を漁り始めた。今日はもとから降水確率が高いという事で、折り畳み傘を持参済みなのである。
「これでよし」
 さっきのいざこざで壊れてはいないだろうかと思っていたが、結構丈夫なもので、傘はピンピンしていた。降り続く雪をきちんと受け止めてくれている。
 暗い夜道を歩く。しばらくすると外灯の光がふわりと見えてきた。あそこでさっきまで二人が語らっていたのだ。
 もう帰っただろう。
 俺はそんな軽い気持ちでそこに目を凝らす。しかし、驚きで目を見開いた。
 雪の降る中、何もささないでベンチに島津さんが座っている。こんなに寒いのに何をやっているんだろうと思う。
 走り出さずにはいられなかった。この時だけは足の痛みも忘れてその場に駆け寄る。
「島津さん!」
「え?」
 ゆっくりと俯いていた島津さんが顔をあげる。その顔は酷く濡れていた。島津さんは泣いていたのだ。
 俺の存在を認めると、急いで涙の跡を拭く。いつもどおりに笑って見せた。でも、その笑顔が痛々しくて、俺の心がきゅうっと締まる。
「隣、いい?」
「うん」
 俺が隣に座る。二人はしばらくの間無言だった。そして、
「すごい、傷だらけだね」
 不意に島津さんが言った。もちろん、これの状況を克明に話すわけなどない。今日の出来事は全て秘密裏に動いていたのだから。それに言わないという事で情けない結果に終わったあのことも、少しは俺のプライドが保つというものだった。安っぽいプライドではあるのだが。
「う~ん、町でちょっと喧嘩をね~。カツアゲされそうになって、やり返してやったんだ」
「勝ったんだ?」
「ああ、もちろん!」
 嘘だけど、と心の中で謝罪する。言っている自分が情けなさ過ぎてどんどん心に響いている。
 また無言。
 雪が島津さんに降り注がないように俺は心持ち島津さんよりに傘を構える。俺の肩は雪で濡れるけれど、そんなものは男として当然なのだ。
 時間がゆっくりと流れていた。
 時間の感覚さえつかめないほどに。
 島津さんはひたすら無言だし、その理由にも思い当たるところはあるからそんな時に俺はかけてあげられる言葉が見つからない。
 息を吐く。
 雪の降る夜は特に寒い。そして空気が尖ったように冷たかった。口から出る息は雪の降らない日以上に白く具体的な形を見せる。これで小学生の時に遊んだっけか、そういう事を思っている時だった。
 ぎゅ。
 俺の服の裾を握りしめる微かな力を感じた。それはか弱い力だった。俺の大好きな人の力だった。
 島津さんは俯きながら言った。
「ごめんね、私、失敗したみたい」
 やはりそのことか。
「うんにゃ、いいよ。別に島津さんが悪いとかないだろう」
「ううん。駄目なの。私は謝らないと、次に会うときは笑顔で報告、したいって……いったじゃんかぁ」
「そうだね」
 俺はひたすらに聞いた。聞いて相槌を打って、その心の重みが少しでも軽くなりますようにと祈りながら。俺の裾を掴む悲しいまでの力が少しでも緩むように信じて。
「振られちゃった。ふられちゃったのぉ」
 嗚咽が聞こえる。泣いているのだろう。さっき自分で拭っていたのに。それなのにまた彼女は泣いてしまっているのだ。
 その涙を拭ってあげたいと思う。
 それでも俺には出来ないのかもしれない。
 誰にでも役目というものがあるだろう。それは誰しもが割り振られているもので、俺の場合は今回は島津さんの話をただ聞いてあげることなのかもしれない。その涙を拭うと言う事は俺の役目に入っていないのかもしれなかった。
 なんて無力なんだろうな。
 好きな子を笑顔にさせてやることも出来ない。その心の隙間を埋めることだって出来ないのだ。
 今おどけてみればいいのだろうか。ギャグでも言えばいいのだろうか。違う。どれも違う。俺は島津さんのぽっかり空いてしまったその穴を埋めてあげる術をしらない。
「ご、めんねぇ。私、やま、だ、くんに色々、助けてもらった、のに……なのにぃ」
「もういいよ」
 もういいんだよ。言わなくていいんだよ。黙って受け止めるから。俺には透がいる。いざという時に泣きたいときは肩を貸してくれる友達がいる。俺は島津さんにとってのそういう存在になりたいのかな。そう思った。
「泣けばいい。俺は友達だから。泣きたいときには黙って肩をかしてやる。それが友達ってもんなんだ」
 出来るだけ自然に見えるように。相手に心を悟られないように俺は笑顔を作る。
「うああああ、うああん、ぐず、うっ、……めんねぇ、ごめんねぇ」
 俺は今必死に我慢している。
 友達とか言うけど。でも俺はまだ好きなんだ。好きなんだ。好きすぎて、心が暴れだしそうだった。駄目なんだ。ここで暴れては駄目なんだ。心につきいるようなことは駄目なんだ。
 抱きしめたい、そう思う。
 愛おしい彼女を抱きしめて、その心の隙間すら埋めてあげられるように愛してあげたかった。
 なんでもいい。彼女が笑顔をになるための行動だったら何でもできるような気がした。好きだなら。愛ゆえに。俺は彼女を幸せにしたいから。
 最近思う事がある。
 男女にも友情はあり得るのかという事だ。それは恐らくあるのだろう。ただ、その境界線があまりにも曖昧なのだ。Likeとloveの中間地点。それが親友の定義なんだろうと思う。
 一歩踏み入れればそれは相手を愛しているということ。だから一般的に男女の間には友情は生まれないと言われているのかもしれない。
 今日は親友でも、明日にはその一歩を踏みこんで、好意の意味が変わってしまうかもしれないから。
 好きです。好きです。狂おしいほどに好きです。今すぐあなたをめちゃくちゃに愛したいと思う。でも、それは出来ないと分かっている。
 それは俺のことは友達と言うカテゴライズから抜け出せないから。俺は友達言う迷宮をずっとさまよい続けるのだ。出口のない友達と言う縛りの迷路を。
 それはある意味とても好ましいことなのかもしれない。
 ずっと片想いでいられるということだから。もしも告白して失敗したら友達と言うカテゴリーからさえも漏れてしまうと思うから。だからそれをしないためにも友達という言葉は随分と都合のいい言葉なんだろう。
 ただそれ以上を行きたい、失敗してもいいんだと思わない限りは。
 俺の場合は後者なのだ。もうそれ以上にも行きたい、常にそう思っているのだ。別に友達としていられなくなってもいい、最悪そう思う。でも、今俺がいなくなったら、この小さくて非力な肩を誰が支えてやれるというのだ。
 学校では学園のアイドルを演じている彼女がほんのちょっとの本音を出せるのが俺の前だとしたならば、そこから俺がいなくなることは、島津さんの本音の居場所を失くすことにもなる。
 だから。
 俺は島津さんには常に笑顔であってほしいと願うから。俺は諦めなければいけないんだ。
 たった一言「俺じゃ駄目なのか」って一言を言いたい。でも言えない。彼女を想えばこそ。
 男だろ。
 俺は男だろ。
 ならばこういうときはドシッと構えてやればいい。俺の横で好きなだけ泣けばいい、そういうカッコいい一言でも言えるようでないと駄目なんだ。
 最愛の人に、最高の友達として。
「いいさ。俺は友達なんだから」
 そう言って、俺は島津さんの頭を撫でようとして……いきなり聞こえた大声で心臓が飛び出そうになった。


「島津さん!」
 俺は伸ばしかけた腕を停止させたまま、そちらの方に振りかえる。そこには優佳先輩が立っていた。こちらも傘もささないままだった。
 一瞬だけ俺の方を向いて、だけどすぐに視界から外すと島津さんに駆け寄る。俺の肩から島津さんを引きはがし、無理やり立たせると思いっきり抱きしめた。
 えええええええええええ。
 俺は突然のことに呆然となる。外れそうな顎を元に戻すと、混乱する頭を元に戻そうとした。結果駄目だった。
 どうにも思考回路が元に戻りそうにない。そんな俺を置いてけぼりにして、目の前では話が続いていた。
「ごめんね、さっきは驚いちゃったんだ。逃げてごめん。だけどね、私気がついたの、私もきっと島津さんのことが好きなんだ。遅いかもしれない。でも、この言葉だけは言いたくて……」
「……先輩」
「島津さん……」
 あれ、ちょっとおおおおおおお。
 どういう事だこれはああああ。
 狂喜乱舞ならぬ狂気乱舞である。俺の頭の中は色々な感情が踊り狂っていた。もう訳がわからずにフリーズして止まる。どういう事だ。どういう事なんだ。俺が目撃しているこれは果たして現実か?
 もうこれが夢か現かそれすらも分からずに俺は頬をひきつらせた。
 あの……こういう大どんでん返しってありですか?
 試しに俺の心の中に聞いてみた。膨大じゃないかもしれない俺の記憶の倉庫から該当するものを引っ張り出す。
 検索結果。――アリじゃない?
 雪が降っている。ふわりふわりふわりと降っている。悲しいくらいに真っ白で、漆黒色の空に映えていた。
 なんだかな~。
 俺は八割がた思考機能を停止させたまま、音もなく立ちあがる。二人とも傘を持っていなかったろうからそれを置いて歩き始めた。後ろで何か言っている気がした。山田と言うよく分かんない単語を発しているようだった。
 やまだ?
 誰だそれは。
「ルールールールールールールールールルルルルー」
 なんだか失恋ソングが思い浮かんで思わず口ずさんでいた。
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