オンライン小説ブログ~青春文芸部~

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「サークル執筆作品」
『山田アフター~a secretスピンオフ~』


5

2011.04.09  *Edit 

 冬というものは一日寒いものであるが、それでも、それは日が出ている間には少しばかり軽減されるものだ。しかしそれは日が暮れれば厳しい寒さへと変貌する。
 俺と先輩は北風がびゅうびゅうと人間なんかに構わずにじゃれ合っている住宅地を歩いていた。お互い、そこまで家の距離が離れているわけではない。俺の家から先輩の家に行こうとするならば、それは大体十分くらいで行ける距離なのだ。
 マフラーに必要以上に顔をうずめた。そのせいで視界は半減し、危うく、犬のフンを踏みそうになって慌てて避ける。寒さのせいで関節がパーになってしまって、馬鹿みたいに動きが鈍かった。
 二人は無言のまま歩みを進める。別に気まずいとかそういうのじゃない。この沈黙はおそらくは寒さのせい。ただ寒いから口数が減っているだけだと思いたい。
 優佳先輩を横目に見てみる。先輩は白い息を弄びながら寒さに凍えていた。生憎家まではまだ少しばかりかかる。そんな時だった。目の前にコンビニが一軒見えてきた。俺が通る通学路のちょうど中間地点くらいに立っているコンビニだ。比較的住宅地なこの場所に大手チェーンのコンビニが建っていることはこの近くの住人からしてみればとてもありがたいことだ。故に毎日大盛況なのである。
「あの、寄って行きません?」
 俺が言うと、先輩は振り向いて、あははと笑った。
「だね、私も考えていたところなの」
 ヴィーン、と自動ドアが開く。その瞬間に店内に入れた腕から順に、膜の中に入るかのような幻覚に襲われた。暖気が腕から順に体を覆っていく感じである。そして俺と先輩は暖気のベールで回復を行うと、次にレジに向かった。先輩には店内に設置されてるカウンターの席を取ってきてもらっている。
 何を頼もうかなって考えてみて、やっぱり冬にはこれだろうと肉まんを二つとあんまんを二つ注文した。ドリンクはもちろん、某会社の炭火焼コーヒーに決まっている。優佳先輩にはコーンポタージュだと支離滅裂ッぽいから無難にお茶にした。
「ありがとございました~」
 店員の元気なあいさつに背中を押されつつ、カウンターに赴く。先輩はこの暖かさで体が弛緩してしまったんだろう、頬杖をついてウトウトと夢の世界にオールを漕ぎだそうと躍起になっていた最中だった。
 しかし、こんなところで寝てもらっては困るので、とりあえずおこしにかかる。先輩は寝ぼけ眼で「あう」と俺を見た。
 こういう時にふと見せる“女の子らしさ”っていうのに、やはり俺はドキドキしてしまうのだ。悔しいが、島津さんを好きになった今でも、それは思ってしまう。普段が大人な感じのお姉さんキャラな優佳先輩だから、余計にそのギャップにキテしまうのか。一瞬流行る熱病みたいなそんな感覚だ。
「これどうぞ」
 少しだけ動揺した自分が憎らしい。俺は心の中で咳払いをしてから席に座る。先輩は肉まんとあんまんと飲み物を受け取ると、ほんわかした表情で「ありがとう」と言った。
 ふた種類の裏についている紙を見て、にふふん、と先輩はニヤける。
「山田君、わかってるね~」
 冬にはやっぱりこれよね、と紙をはがしてハフハフと食べ始めた。俺はそんな先輩を横目に頭の中でイメトレをしてみる。これから話そうと思っているからだ。実際、こんな話をコンビニで話すとかどんだけデリカシーに欠けるんだよ、と思うかもしれない。しかし、考えてみれば、これ以上の好機は無いと思ってしまった。
 暖かくて、食べ物食べて緊張感のない今だからこそ、それが実行可能なのではないかと。
 もちろん、周囲には人をいないことを確認した後に、小声で言うつもりだが、とりあえず、ここで言えなかったらもう言えない、そんあ使命感にも似た感覚が俺を包み込んだのだ。
 でも言う前には緊張してしまうもので。今にも心臓やらが口から飛び出して大道芸をしてしまう勢いの緊張感に苛まれる。人と書いて何回も飲み込んだ。効果はないけど、書くと言う作業に集中できるからだ。
 それでも集中は解けないので、手元の肉まんをひと思いに被りついた。そして、中身はまだ熱々だった。
「あっつぃ」
 俺はハフハフと空気を取り入れて冷まそうとするも、コンビニの中は暖かいので、そんなに冷めた気がしない。コーヒーを飲むことも考えたが、いかんせん、あれは温かい飲み物だから逆効果だった。
「大丈夫?」
 食べる作業を中断して先輩が先輩そうに覗きこんでくる。俺はそれを手で制して言った。
「大丈夫っす。考え事してて」
「考え事?」
 先輩は首を傾げて、やがて手をポンと合わせた。胸を張ってにこりと微笑む。
「それならお姉さんが相談に乗ってあげるわ。なんでも話して御覧なさいな!」
 好機だ。そう思う。これ以上の好機はあるまい。口中のやけどはもちろん、想定外ではあったが、これで地盤はできたというもの。俺はいよいよ本番に突入した。
「そうですか、なら聞いてほしいです……」
 心なしか心臓の動きが速くなった気がする。握る拳は汗に濡れ、目の焦点はぶれ始める。流れる血液は加速したようになった。全身の細胞が緊張を伝えている気がする。
 何で自分がこう言う役回りなんだろう。損な役回りな気がしてならないのだ。でもしかし、これは島津さんの気持ちをダイレクトに先輩に言う事ではない。ただ、遊びの約束を取り付けるとか、仲良くなる手助けをするだけなのだ。
 故にこんなに緊張する必要性は皆無だが、それでも緊張してしまうのは俺が島津さんの本当の意味での気持ちを知ってしまっているからだろうと思う。
 動け口。
 動け声帯。
 頑張れ俺の体。
 俺は勇気を振り絞る。そして言った。
「あの、先輩と仲良くなりたいって奴がいて。そいつと先輩の橋渡し役を頼まれたんです」
 我ながら言い方のセンスが無いと思う。しかし、言い始めたらしょうがない。人生にはリセットボタンはない。それくらいは分かっている。
「男の子、なの?」
 先輩は首を傾げた。そう言えばそうだ。それくらいは疑問に思って当然だろう。男子がか仲良くなりたいからって言ったらそれはもう、下心アリと見て間違いないだろうから。しかし、女子の場合は事情が違ってくる。仲良くなりたいはそのまま、仲良くなりたいという意味で通じるだろう。まぁ、島津さんの場合は例外であるが。
「あの、島津麗佳っていう……」
「まぁ、まぁまぁまぁ。あの島津さん?」
「……え? ああ。そうですよ」
 俺が言い終える前に先輩は口を開いた。その声の感じからは警戒の色は感じられない。さすがは学園のアイドル。その名は先輩の耳にきっちりと届いているらしいのだ。その言葉は俺の緊張を和らげてくれた。もう後は言うだけなんだ。
 心に念じた。俺は島津さんを助けたいんだ。俺は島津さんの手伝いをしたいんだ。
 心に移すのは島津さんの笑顔だった。あの笑顔のためならば、先輩ごめんなさい。
 俺はなぜか謝って言った。
「島津さんと仲良くしてやってくれませんか? 遊びに行ったり、色々したいなぁって言ってたんです。あいつはとってもいいやつです。いい笑顔で笑うんです。見た目は少しとっつきにくいかもしれないけど、でも、いいやつだから。絶対に仲良くなれると思うんです」
 いつの間にか結構感傷的になっている自分が笑えて来る。島津さんの顔を思い浮かべたら、想いが溢れて来たのだ。いつの間にか店内のBGMは消えていた。いや、集中しすぎて聞こえなくなっていた。
 とても好きなのだ、島津さんのことが。
 目の前にいるのに、でも、その気持ちを知っているから。俺はあくまで島津さんに
笑っていて欲しいから。そのためなら、俺は自分の心を押し殺すくらいは簡単だ。あのぬるま湯に浸っていたいと言う気持ちもある。
 あんなに近くで喋れるんだ。一年の時はただの憧れだったあの子と。一回冷めてしまった気持ちも、本当の心に触れているだけであっという間に熱く燃え上がる。
 好きです。
 笑ってる貴方が好きです。
 寂しげな顔も好きです。
 貴方が好きな人のことを話している時も好きです。
 全部が好きです。
 でも叶わないんです。
 決して表に出ない言葉だった。でも、言葉に乗せた。全てを乗せて、全てを伝えたいから。
 客観的に見たら、とても異常に見えるかもしれない。俺が喋る言葉は想いが詰まりすぎていた。重いかもしれないし、知らない間に熱弁をふるっているかもしれない俺は気持ち悪いやつだろう。
 でも言葉が止まらないんだ。もう誰もがこの気持ちに気づいても仕方が無いんじゃないかってくらいに心が暴走するんだ。
 言いきって、そして俺は目をつむった。目を開けるのが怖かった。やがてBGMがまた聞こえ始める。今流行りのメジャー女性歌手の歌だった。CMで聞いたことがある。手は汗で滑る。背中も緊張で攣りそうになった。何も聞こえない無言の時間が怖い。相手がどういう風に見ているのか。つい悪い方向にばかり考えてしまう。
「ん~、山田君が、そう言うなら」
 え、俺は恐る恐る目を開けた。
 目の前にはいつもの包み込んでくれるような優佳先輩の顔があった。
「今なんて」
「私ね、山田君のことは一年の時から知ってるよね? だからね、山田君のこと信用してるの。だから、山田君がいい人っていうなら。それは本当にいい人なんだね。だからね、私は島津さんとお友達になれるように頑張ってみるよ? だからそんなに辛そうな顔しないでよ」
 呆然とする俺の頭に、そっと先輩の手が乗った。柔らかい手だった。温かい感触がした。撫でられて、俺は心から休まった。いやしかし、俺はやはり、そんなに変な顔していたのだろうか。恥ずかしくて、穴に入りたいとはこのことだと思った。
 先輩は手を離すとお茶をひとすすりする。店内から外をぼーっと見ながらつぶやいた。
「大切な、お友達なんだねぇ、山田君にとっての」
「……はい」
 好きな人、とは言わなかった。恐らくは分かっているんじゃないだろうか。優佳先輩には不思議なところがある。ぽけーっとしているところがあると思えば、何もかも先読みしていそうな時があるのだ。人の感情を敏感に感じ取って。だからこそ、周りから常に慕われるのだろう。
 俺は携帯を取り出す。
「では、島津さんのメルアド送りますよ」
「ん、お願いです」
 笑顔で先輩はそれに応えた。
 あーあ、言っちゃったな~。
 先輩の横顔を見ているとそう思う。
 さんざんやらかしておいてなんだけど、今さら先輩に言ってしまったことを後悔してしまう。だって、言い方は変かもしれないが、こんなに女神みたいな先輩と島津さんはとってもお似合いの二人だと思ってしまうから。
 ここまで来たらもう、上手くいってほしい。俺は思った。この二人が上手くいくように、これからの俺が作る橋は何よりも頑丈にしていこうと。
 クリスマスの時が近づいていた。



 なんだか疲れた。俺は教室の自席でうだっていた。全身の力が抜けて、何もする気が起きないというやつだ。
 相変わらず教室は賑わっている。休み時間という事もあるのだろうが、人の喋る声が耳に響いてうるさい。でもなんだか疲れているから動く気にもなれない。これは完璧駄目人間ではないだろうか。
 俺はそんな衝撃事実に気づいて驚いてみた。なんだかスリルを求めすぎて燃え尽きたみたいになっていると自負しているのだ。禁断の恋に手を貸すなど、俺には到底慣れない仕事のはずだ。しかし。好きな人のために頑張った。頑張ったのだ。という事はだ。もう頑張らなくてもいいんじゃないか。毎回のように自分の気持ちが変わっていくのが情けないと思うのだが、正直、これ以上応援したら自分がどうなるのか見当もつかない。
 さすがに廃人間にはならないと思うが、少なくとも女性恐怖症になるのは免れないかもしれない。そして俺は再びネガティブ人間になり、ついには外でもその状態を維持し続けるようになる。
 透は幸野と結婚をして、俺から離れていく。友達も彼女もいない毎日。やがて荒んだ心は俺の足を富士の樹海へと導くのであった……。
 うあ、とっても恐ろしい最後である。こんな最後は嫌だ。てか、そんなことを考えつく俺が嫌だ。いっそのこと、小説家としてデビューを考えるのもいいかもしれない。この自問自答や妄想を小説の世界へと投影し、その中では俺はハーレム状態の告白されまくりなのである。みんな美少女や美女で俺はある意味女難の相に苦しめられるのだ。そんな生活してみたい。
 目の焦点が定まらない。それだけ全身の力が弛緩しているということだろうか。もうこのまま寝ていようか。それとも帰ってしまおうか。生憎外は雨が降っていて帰るのも面倒だと思わせるような降り方だった。考えようによってはこの雨のせいで俺のネガティブに磨きがかかっているのかもしれないと思わないでもない。
「おいおい、大丈夫かよぉ」
 透が話しかけてきた。どうやら幸野がトイレに行ったらしいのでこちらに来たらしい。リア充には一生分からない話題だろうよ、俺は心の中で毒づき、そして顔も上げずに言った。
「大丈夫じゃないやい」
「なんかあったの?」
「知らないやい」
 もう何かも投げやりである。適当に言って、その時間を潰せればそれ幸い。こんな時間つぶしに付き合ってくれている友達に感謝である。
「はぁ、おまえ何なんだよ」
 一回ため息をつくと、透は俺の肩に手を置いた。
「悩み事か?」
「うん」
 傍から見たらとても子供っぽい態度をとってしまった。まるで拗ねた子供ではないかと思うが、今さらその行動はキャンセルできない。こういう廃れた気持ちになるとどうしても子供っぽくなっていけない。それで母性本能でも刺激して女子が寄ってくればいいのに、と思うけどもそんなのは夢でも叶わないことは分かっているさ。
「なんだよ、俺でよかったら話してみろって」
 優しい言葉が胸に刺さる。なんというか、優しいのに優しい言葉なのに心に深くえぐりこんでくるような、そんな感じ。
 ああいう言葉とは時として受け止めるネットであったり、包み込む毛布にもなり、そして受けた人を傷つける鋭利なナイフにもなりうるのだ。
 言いたくない。だって、それを言ってしまえば俺は認めることになる。俺がもう叶わない恋をしていることを。俺は理解しなくちゃいけない。もう届かないところにいるんだと。認めてしまえばいいのかもしれない。こんなに嫌な気持ちが蓄積するくらいなら。くすぶって、自分でも触ってしまえば火傷をしてしまう。そんな心の痛みをさらけ出せば。
 それでも。優佳先輩と島津さんが付き合ってしまえば俺と彼女を結んでいた線は切れるだろう。それだから、この二人だけの秘密が最後の一本だから。だから。
「俺はね、もう恋なんてしたくない」
 それだけ言うのが精一杯だった。カッコいいセリフを吐きたかったわけじゃなかった。クサイことを言うつもりでもなかった。でも、絞り出た言葉。
 もう臆病になってしまったのだ。完璧に、人に恋をすることが。怖い。また自分が恋した人には、俺が絶対に叶わない壁が立ちふさがるんだろうと思うと。もう怖くて仕方が無い。
「山田……」
 視線を向ければ透は心配そうに俺を見て、そして、
「ごめん!」
 俺は教室を飛び出した。


 カシュッとプルトップを開ける音が響く。俺はまた階段の所に座り込んでいた。ここは俺の最後の居場所なのかもしれない。一人でいられる場所。ここでなら仮面をつけなくてもいいのだ。いつもの根暗な自分でいられる。
 人は必ずしも仮面を持っているだろう。俺然り、他の人もだ。そして疲れるのだ。演じることに疲れ果てて、そしてやがて、崩れる。
 俺はその崩れるポイントが早いのだろう。それは基盤が弱いからか。崩れてしまえば、どうしようもない感情をどこにぶつけていいのかわからなくなる。悲しみ、怒り、どれも違った。喜びはあり得ない。何もあり得ない。全部が混ざり合ったような気持ちの悪さが体を支配する。
 混沌とした感情はぶつけどころが分からないから。
 何であんな人を好きになってしまうのだろう。何で早く忘れることが出来ないのだろうか。もうあの人は学園のアイドル、そういう境界線をつけてしまえばいいじゃないか。そして俺は、そんな島津さんを遠くから見て、他の男子と可愛いねって言い合っていればいいのだ。
 そうすれば何もかもが問題ない。何もかもが解決するじゃないか。
 時が解決してくれるよりも早く解決したい心の闇がうごめいた。
 この階段という空間の隅にある暗がりが俺に共鳴してその色をより一層漆黒に染め上げている気がしてならない。このままいっそ、この闇と同化できたなら。それならこんなに苦しまなくて済むのに。
 今は感情があるのが苦しい。
 人形になりたい。無機物になりたい。消えてしまいたい。
 初めて島津さんの本心を聞いた情景がフラッシュバックした。
 耳を澄ませば外には雨粒の地面に落ちるザーザーという音がずっと聞こえてくる。その音に混じっていくかのような気がした。落ちる雨粒が自分で、どんどんと暗い気持ちに自分が溶け込んでしまいそうな、そんな感触に。泥だらけの地面になじんでいってしまそうな錯覚に襲われて。そんな時だった。
「あ、いた!」
 虚ろな目を向ける。そこには島津さんがいた。コーヒーを二本持って。
「どうしたの、暗いよ!」
 隣に座って、俺に一本差し出す。いつも飲んでいる俺の大好きな味だった。なんて残酷なんだろう。誰のせいでこんなにブルーになっていると思っているんだ。
 当然相手には分からないだろうが、心の中で毒づいた。しかし、なんだろう。本当に残酷なことだ。さんざん俺の心をかき乱して、昇天させて、頂上まで行ったところで突き落としたのに。そして今もなお、俺の目の前に現れて、俺を苦しめ続けるのに。
 ――もう俺の目の前に現れないでくれ!
 その一言が言えなかった。否、言いたくなかった。相反しているのは分かっている。そういう気持ちが矛盾なのだろうと言うのも分かっていた。でも、それでも。
 泣きそうなほど切なくなる。こんなに苦しいのに、嫌なのに、島津さんの顔を見ると、オレンジ色の感情が漆黒に差し込むから。
 何でだろう。何でこんなに好きなんだろう。
 今絶対に言えることがあるとするならば、俺は恋に恋をしているんではないという事だ。こんなにも一途な自分に同情すら覚えてしまう。俺は多分、重い考えの奴なのだ。
「あ、一本飲んでたか……ごめん、これは私が」
「いいよ、ありがとう」
 差し出された一本を手にとってプルトップを開ける。今さっき聞いたのと同じ音が階段に響いていた。
 俺は呆れるくらいに好きになった島津さんを横目に落ち込む。
 さっきまでは絶対に会いたくない。もう闇になりたいとさえ思っていたのに、いざ彼女が目の前に来れば温かい気持ちが体を包み込んで、さっきの暗い気持ちを覆い隠してしまったから。
 なんて現金で、なんて馬鹿正直な心だろうか。
 矛盾していることにいい加減気づけよ馬鹿野郎、俺は自分の心にそうどなってみる。当然のことながら相手方から返事はない。
「ねぇ、山田君」
 優しい声が耳に届く。穏やかな春先に吹くそよ風のような声だった。
「まずは言わせてほしいの。とっても、とっても有り難う」
 でね、と。
「山田君のおかげでね、先輩と仲良くなれたんだよ。山田君が言ってくれて、もう四日が経つけど、毎日のように話しているの。しかも驚くことにね、先輩から来てくれるんだよ。だから、お昼とかも一緒に食べたりもするの。何で来てくれたんですかって聞いたことがあるんだけど、先輩は「大切な後輩の頼みだから」だって。ちょっと嫉妬しちゃったよ」
 俺はそんなに想われている先輩に嫉妬しているさ。
 そう思いながら続きを聞いた。
「もう幸せいっぱいなんだ。そして感謝してるのよ。あの時、最初に会ったときね、何で私泣いてたと思う?」
 もうこのまま話が続くとばかり思っていたから、俺は準備が出来ていなかった。そういえば、もう忘れそうになっていたが、俺と島津さんが話すようになったのは、あの日、俺が島津さんの泣き顔を見たからなのである。その理由は知らないし、聞きたいとも思わなかった。そして島津さんとの時間を過ごすうちに、楽しすぎて、そんな物はすっかり忘れていたんだ。
「私は、その時に一人の女の子に恋をしていたのよ。そしてその子に振られてたの。だから、悲しくって泣いてたってわけよ」
 思わずぽかんと口を開く。
 だってそれくらいに驚いた。島津さんが以前にそんなことを経由していたなど、知りもしなかったからだ。しかし、その事実があるならば、学校に少しは広まっててもいいはずである。でもそれが広まっていないという事は。
「その子ね、とっても真面目で誠実な子だったから、言わないって言ってくれて、でも、もう話しかけないでくれって言って……」
 俺の疑問に回答するかのように島津さんが言った。
「それで私は本当に絶望してたの。悲しすぎて、もうどうしようもなく悲しくて。いつも私は優等生なキャラでいるはずだった。“学園のアイドル島津麗佳”であるいうことは一応自覚していたから。みんな言うから私はそうなる、だけど、そんなことも振られたショックには敵わなくて。
 分からないまま外にいつの間にか出ていた。そして泣けるだけ泣いてた。誰にも見られてないと思ってた。見られてたんだけど。
 最初は頭に来たわ、だって、山田君のせいで、私のイメージは全て崩れるって思ってたから。それでも、今はそれでよかったと思ったんだ。知り合ううちに、先輩と山田君の接点を知って、思い切って言ってみて、山田君がやってくれた。そのおかげで今の私がいることが出来た。だから、ありがとう、心から感謝してるの」
 そこまで言ってから島津さんは深呼吸をする。俺は何も邪魔はするまいと思考すら半分停止させて、それを見届けようと思った。
「だから、私はそんな山田君の努力にも、私に対してくれた誠実さにも報い入れなきゃいけないの。ゆっくりなんて駄目。きっちりとケリをつけて山田君に笑顔で報告したい。今度は泣き顔なんて情けないところ見せたくないから」
 でね、と。
「クリスマスに遊びに行く約束を取り付けたわ。一日使って遊ぼうって。だからね、私はその時に、先輩に告白するつもりなんだ」
「え」
 ちょっと待て。いくらなんでも早すぎるだろう。そういうことは、しかも、島津さんみたいに他の人とは違うデリケートな問題の時は特にそうだ。もっと時間をかけて、じっくりと相手の気持ちを探っていかなきゃいけなんだ。そうじゃなきゃ、また泣いてしまう。心が傷ついて、今度こそ再起不能なまでになってしまうかもしれないじゃないか。
 見たくない。島津さんの泣き顔だけは見たくないんだ。
「それは早すぎる! 俺のことはもういいから。だからもっとじっくりやってくれよ。失敗したらまた傷つくことになるんだぞ?」
「もう決めたことだから」
 島津さんは空き缶を持つと立ちあがった。
「とにかく今日はね、このことを言いに来たのよ。だから、ね?」
 階段を駆け降りた。そして振り返り、島津さんは一言だけ叫ぶ。
「成功するように祈っといてよね!」
 そういうと島津さんの姿は見えなくなった。俺は思考停止した脳味噌に渇を入れる。再起動した頭を駆使して考えた。
 もう落ち込んでいることすらできなくなってしまったようだ。
 もちろん、悲しいさ。でも、一番は。
 島津さんの顔を改めて見て一番大切なことを思い出したのだ。それは、
 ――島津さんを泣かせないこと。それが俺の青春だということだった。
 ああ、もう!
 何でこんなに忙しいのだ。俺は俺で落ち込んでいたかったのに。もうちょっとくらい悲劇のヒーローを演じさせてくれていてもいいじゃないか。しかし、こうなったらしょうがない。
 俺は空き缶を二つ持つ。
「生憎だけど俺はね……」
 祈ることが苦手なのだ。俺はただ応援する方が似合っている。それくらいは理解しているつもりだから。
 だから心の闇は少しだけ引出しにでもしまっておこう。全てが終わった時に、まだそこにあれば心に散りばめればいいことなんだとそう思ったんだ。
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