オンライン小説ブログ~青春文芸部~

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「長編『文芸部ウォーズ』」
第一章 まずは出会いに感謝を。


5

2010.03.27  *Edit 



 放課後、いつものように談笑が行われていた。
 今日の話題といえば、専らもう近くに控えている試験ことだろう。
「ねえ、もう勉強してる?」
「まだまだぁ。今回やばいって」
 下級生が部室の隅で笑いながら話し合っていた。それを横目で何を言ってるんだかとか思いながらも自分自身結構大変な立場にあることを思い出す。
「なぁ文香」
「何?」
 文香は読んでいた本に栞を挟んで閉じると隼人を見る。今は本を読んでいるせいか普段はうっとおしいを理由につけていないメガネをつけている。
 隼人は文香がまた本を読み始めないうちにさっさと用件を言うことにした。
「あのさ、ノート見せてよ」
「はぁ?」
 ほら来た、と隼人は頭を抱えた。実は文香という人は、自分で努力をしない人間が大嫌いである。故に、ノーと見せてというと、例え最上級に笑顔でもそれは一変して、不機嫌になるのだった。その反応を今も見せようとしていた。でもそこは幼馴染。最後は「しょうがないな、私の幼馴染は」と言って、貸してくれるのだが、その前座というか、愚痴を一通り聞かされなければいけないのだった。
「あのね、隼人。勉強って言うのは自分でやらなきゃ意味無いの! 人に見せてもらおうなんて甘いわ! 第一ね……」
 そうやって、いつもの愚痴が始まろうとしたとき、不意に隼人の目の前にすいっとノートが差し出される。
「ありがとう、文香!」
 と、隼人がノートを取ろうとすると、取る寸前にノートは引き戻される。とうとうこういう苛めに出たか、と隼人がノートが差し出された方を向くと、そこには文香がいなかった。
「あ、茜かぁ」
「そうだよ、私は文香じゃないもん」
 茜はそっぽを向いて、ノートを自分の鞄に入れようとしていた。どうやら自分が文香と間違われて呼ばれたことに酷くプライドが傷ついたようだった。
「ごめんな、茜」
「いいよ。もう。これ貸してあげる」
「ありがと」
 茜は隼人に頭を撫でられると、泣き顔が突如としてニヤケ顔になって甘え始めた。結局は扱いやすい性格なのだ。
 隼人は折角貸してもらった義妹のノートを慎重に開いてみる。何しろ生まれてこの方、愛する義妹のノートなど、神の手に口づけをするようなもの。分かりやすくいえば、噂のあの子の日記帳を開けるようなものだ。心して取り書かねばならぬのは道理と言える。
 う~んと唸りながら自分に喝を入れて、隼人は思い切ってページをめくる。そしてその先には秘密の桃源郷が……。
 あれ?
 隼人は思わず、ノートを開いた手を止めて、即座にノートを閉じる。何かの間違いなはずだ。もう一回、ノートを思い切って開けてみる。今のは恐らく、自分の目が悪かったに違いない。そうでなきゃ、あんなカオスは広がっていない。
 う~んと隼人はもう一回自分に喝を入れると、意を決してノートを開く。
 その先には、きっと今度こそ、桃源郷が広がっているはずなのだから……。
 あれ、あれ?
 おかしい。どうもノートには桃源郷は広がっていない。まぁ確かに女の子特有ともいえる丸っこいひ弱そうな字でノートは構成されていると見える。こうあれだ。保護欲をそそるような字であると想像してもらえれば分かりやすいはずだ。そこに広がっていたもの。それは本来、日本史のノートであるからして、年号やら、人物の説明やら、その他事件も然りな内容が盛りだくさんで複雑に書き並べてあろう場所には。
 何が広がっている?
 少なくとも隼人の目には、年号やらは書かれていない。いや、正確には書かれてはいる。しかし、その“主”であるはずの表記はまるでただの“申し訳程度”。何が他に書かれているかは、茜の性格上、考えてもらえれば分かるかもしれない。そう、茜が書いていたものとは、隼人に対するキモチだった。失礼ながら例を挙げさせてもらう。
・今日のお義兄ちゃん、ちょっと元気なさそう。後でバッチリ癒してあげる!
・ああ、お義兄ちゃん、今日も凛々しい。私だけのお義兄ちゃん……。
・私の胸、トクントクンって、言ってるよ? 全部、お義兄ちゃんのせいなんだから……。
 等等。とりあえず、これ以上書くと発禁になってしまいそうな勢いなので、自重しておくことにしようか。
まぁ端折って説明すると、このポエムなのか、ただのヤンデレ日記なのか知らない内容が、ノートの約七割を占領していた。つまり半分以上。それ以外にちょっとメモ書き程度の授業内容。もちろん、ここまで愛されて嫌な義兄など居ないはずだ。しかし。しかしだ。いい加減茜にも慎みを覚えさせるべきなのだろう。先生に提出するノートまでこんなカオスにしなくともいいと思うのだ。
 これは駄目だ。頂けない。
 これを見て勉強?
 ごめん。本当に勘弁してください。
 そう思った隼人は非常に心苦しいがある作戦に出る。これをやれば自分のペースで勉強も出来るというもの。
「なぁ茜」
「なぁに? お義兄ちゃん」
「今日の夕食なんだっけ?」
「まだ決めてないってお母さん言ってたけど」
 隼人はそこまで聞くと、しめたという笑顔を見せる。それを不審がって茜は見てくるが、それは、義妹に向ける義兄の笑顔で何とかカバーできた。
「じゃあさ、俺、茜の手作りとか食べたいなぁ」
「本当に?!」
「ああ。あ・か・ね・の手作りを食べたいなぁ」
「そういう事なら任せて。私腕によりをかけて作っちゃうもん。大好きなお義兄ちゃんのためにね!」
「ありがとう! 俺も愛してるぜ茜!」
「うん。じゃあ早速家に帰るわ。やることが色々あるもの!」
 茜は言うが早いか、鞄を持って、走って部室を出る。それを見送ったら、では、と始めて、隼人は文香のほうを向く。
 今の意味の分からない内容に面を食らっていた文香が、ビクッとこちらを見た。
「な、何よ?」
「ノート見せて」
「は?」
 パサ。
 文香の持っていたノートが机の下に落ちた。

 放課後の続きである。
 とは言っても今が放課後かどうかはっきりと言って怪しいもので。時刻はとっくに六時を過ぎている。肝心の隼人は何をしているのかというと、必死になって、文香に勉強を教授されていた。
「だから! ここにはこの公式を当てはめるって言ってるじゃないの!」
 文香が乱暴に机を叩いた。ついでに言っておくが、今やっている教科は、世界史から数学に変わっていた。
「ごめん……」
 いい加減、人間としての自信が無くなって来ていた隼人はしょんぼりと肩を落とした。秀治など東文芸部の面々が皆帰ってしまった今、ここに居るのは文香と隼人の二人だけ。ちょっとは甘い何かを妄想してしまった君。それは間違っている。この文香に限ってそれはありえない。だってそれは今まさに、数学を叩き込まれている隼人が言うのだから間違いない。
 ポイントやら、公式の覚えるコツ、その他やり方が細かく書かれている文香のノートと同じくらいに、書き込みが多くなっていた隼人のノート。生まれてからこんなにノートに書き込まれていたのは初めての状態かもしれない。
 だが、そのスパルタのおかげで少しは自信も出来たというもの。しかし、そこは文香。そのささやかな自信を踏み潰すことを忘れていない。
「はぁ? 何でこうなるわけよ! 隼人! ちょっと自信が出てきたみたいだけど、あんたなんて、ただの小学生レベルなんだからね!」
「何もそこまで言わなくても!」
 折角出てきたはずの自信の芽は、文香の言葉の除草剤にかかって枯れてしまった。この調子では、また芽が生えてきても、状況は一緒だろう。でもこれは言わば試練なのかもしれない。耐えなければそこから先には行けないという試練なのかもしれない。
 隼人は、鞄に入れていたバンダナを頭に巻くと、気合を入れた。
「おーっし。やってやるぜ!」
「うんうん。その息よ」
 文香がメガネをくいっと上げてからにやりと笑った。これから約一時間。この講義は続くのであった。

 やっと講義が終わった頃。
 隼人は男子トイレの鏡で、写った自分を見つめていた。何もナルシストって言うわけじゃない。ただぼうっとしていただけだ。トイレに来る途中に見えた明かり。その教室はまさしく西文芸部の部室からであった。多分、今度出す部法のことで忙しいのだろう。ただでさえ、試験前。そのことも合わせてやるとなれば随分と重労働になる。
 しかし、それでも美鈴はすごかった。前に、話したかもしれないが。秀治はいつも、学年で二位だった。その理由として挙げられるのが、美鈴の存在だった。いつも、一位は美鈴の固定で。出来レースと言っても過言ではない。まぁ確かにズルはしていないが、そんなに勉強する気がどこにあるのか気になるところだ。
 隼人はそこまで考えると、頭を振った。思い出してしまったのだ。廊下で会った時に「裏切り者」と言われたこと。正直、隼人は困惑していた。
 裏切りって何だ? 俺がどう裏切ったって言うんだ。昔は仲良かったのに、なぜ今は。
 深い考えに入ろうとしたときだった。突然携帯が鳴る。表示は文香だった。どうやら早く部室に戻って来いとの催促のメールらしい。少しだけ嫌な気分な隼人は廊下に出る。そして、
『あ』
 二人は顔を合わせてしまった。
 廊下を対峙するのは二人。片方はもちろん隼人。そして、もう片方は、
「み、美鈴」
「その名を呼ぶなと言ったはずよ」
 美鈴は苦々しげに呪いの言葉を呟く。
「あんたは何? こんな時間まで何をやっていたのかしら?」
「ん。ああ。俺は、ちょっとテスト勉強をな、してたんだよ」
「テスト勉強? はは~ん」
 美鈴はニヤリと悪く笑う。明らかに隼人に対して敵意を持っているのが見て取れる。
「よく暇がお有りね。部報の用意もしないで、そんなことをこんな時間まで。全く呆れちゃうわね」
「ハハハ。ああ、本当にな。ごめんな」
「何謝ってるの? そういう愛想笑いが腹立つんだけど。そんなんだから、ろくな小説が書けないのね。あんな幼稚で稚拙で、それに……」
「ああ。分かったよ。だからもうやめてくれ。俺は部室に戻るから」
 隼人は自分の中で暴れそうになっている意味不明な感情と向き合いながら精一杯笑って美鈴に言った。それが気に食わないようで、美鈴の表情はさらに深くなっていく。憎しみがさらにプラスされたようだった。
 早く行こう。隼人は急ぎ足になって、その場から離れようとした。このままじゃいけない。絶対にいけない。何か悪いことが起きそうな気がしてならないんだ。
「待ちなさいよ。逃げる気?」
 ピクっと隼人の足は止まった。それを見計らって、美鈴は一斉に話し始めた。
「第一、あんたの話は気に入らなかったわ。ろくな恋愛もしたこと無いのに、あんなジャンルばっかり書いてさ。自分はそういうものに思いが詰まってるんですぅ、みたいな事をいいてさ。それに、部活内容もあんなにお遊びみたいなところだし。それにね……」
 調子に乗った美鈴の口調。明らかにそういうののしりを言うことに対して快楽を得ているように隼人には見えた。まだ我慢できる。大丈夫。大丈夫だ。
 だが、そんな隼人の理性は、次の言葉で見事に粉砕されたのだった。
「――あんたさぁ、小説舐めてるの? おふざけのお遊び? 何の情熱も持ってないくせに語るんじゃないわよ」
「うっせえ!」
 隼人は大声で相手を怒鳴りつける。こんな声が出ること事態がまずは驚いたが、駄目だ。感情のコントロールが取れていなかった。
 美鈴は怒鳴られて肩をすくませると、少し怯えた目で隼人を見た。多分、あんなにいつもニコニコしていたから、そのギャップが信じられなかったのだろう。ここまで言ってもまだ怒らないと高を踏んでいたのだ。
「な、何よ!」
 美鈴は一瞬の逡巡のうちに立ち直って、応戦する。しかし、悲しいかな。隼人のスイッチは完全にオンになってしまっていた。
「俺自身を馬鹿にするのはいい。それは俺が美鈴に何かをしてるって言うのは分かっているからだ。でもな、でも……。もう駄目だ。許せない。俺の仲間を馬鹿にするのも。小説に対する情熱を馬鹿にされるのも!」
 隼人はどんどん言いながら美鈴に歩み寄った。美鈴は表情を引きつらせながら隼人に合わせて後ろに下がる。しかし、やがて暗い廊下だったので気付かなかったのか、柱に背中がついてしまった。
「あ……」
 美鈴は横に逃れようとした。それを、黙って隼人が阻止する。これで必然的に隼人の囲った腕の中にいる美鈴の図が完成された。もう女一人の力では太刀打ちできない。
「な、何……」
「お前さ」
 隼人はあくまで、美鈴に喋らせることをさせなかった。隼人は話を続ける。
「知ってるか? どれだけ、東のメンバーが頑張ってるか。どれだけ楽しそうに、うれしそうに自分の物語を書いてるか!
 知ってるか? どれだけ試行錯誤して、頑張って。やり直して。頑張ってやり直して。挫けそうになることもある。でも、自分の物語で感動して欲しいから。泣いて欲しいから。笑顔になって欲しいから。心を満たして欲しいから! 妥協しない。苦しくっても書ききる。そんな努力をみんなしてるのを知ってるのか?
 確かに、遊んでいるように見えるかもしれない。でも、俺は、あの部活はとっても温かいところだなって思ってる。誰もがメンバーを気遣ってさ、悲しいときは手伝って。泣きたいときは黙って肩貸して。助け合って、笑い合って、東文芸部は出来ている。そんな東が俺は好きだ。大好きだ。あれは俺の心の拠り所だから。だから、許せないんだよ。俺の家族とも言っていい。そんな大切な仲間を馬鹿にしたお前が。そして、書くときは全身全霊をかけて、相手に感動を伝えたいって書いてる俺の気持ちを踏みにじったことを!」
 隼人がここまで言い切って少し、深呼吸をした。呼吸は荒い。頭にも血が昇りすぎてフラフラしていた。壁をつく手には力が篭もり、もはや白くなっていた。でも、ここに茜がいなかったのは行幸と言えよう。帰しておいてよかった。こんなに切れているのはあんまりにも久しぶりで、切れている状態に最初は混乱したくらいだったのだ。厳しい顔を茜には見られたくなかった。
 美鈴を見てみる。少し、目に水の膜が張っているように見えた。しかし、目つきは厳しく、健気にも言い返す。
「わ、分かるわ訳ないでしょう! 知りたくも無いもの」
「だったら、だったら言うなよ! 今す……」
 美鈴の態度にリミッターが切れそうになった隼人を、
「ちょっと、ちょっと隼人!」
 後ろから腰を捕まれ、一気に後ろへと引っ張り出される。相手の全体重をかけたせいか、すんなりと隼人は壁から離れてしまった。そのままもつれる様に二人は転ぶ。
「痛いなぁ」
 隼人が捕まってきた奴を見ると、そこには文香がいた。メガネを掛けなおして文香は隼人を見据える。
「いくら相手が、あいつらでも。女の子にあれは駄目!」
「でも」
「でもはいいから! 行くわよ!」
 隼人が言い返そうとするも、文香は立ち上がり、隼人の手を握った。行くよ、という意味らしい。納得の行かない隼人だが、それに黙ってついていくことにした。
 文香はいきなり威圧感から解放されてほったらかしになっていた美鈴を見ると「あんたのためじゃないから」とだけ言って、隼人の手を取った。そして、二人は廊下を後にした。

 帰り道。
 文香と隼人の間には微妙な沈黙が流れていた。まぁそれは当たり前なのかもしれない。先程あんなことがあったばかりなのだ。あの事件の後、隼人は文香に連れられて部室に戻った。結局これ以上は勉強も出来ないだろうと踏んで、今に至るわけだ。
 帰り道に通る海岸線。ここは数十年前まで「横浜」と言われていたところだ。開発や政府の“経済都心中心化政策”により寂れてしまった町。時代に取り残された町が今の「さざなみ町」だった。夕方はもうとっくに過ぎている時間帯。海は月明かりに照らされて闇が蠢いている様な海になっていた。微かに吹く潮風が隼人たちの鼻腔を掠める。
 堤防の上を歩いている文香が不意に歩くのをやめた。それが気になって隼人も足を止めると、文香を見る。すると、目が合った。月明かりがバックに見える文香はすこし魅惑的で不思議なイメージの女の子に見える。
「ねぇ、ちょっとここで休んで行こうよ」
 文香が髪が風でぐちゃぐちゃにならないように抑えて言った。隼人は頷くと、自分も堤防に登る。そして、そこに座った。
 少し高めの堤防は座れば、足は投げ出される。足をブラブラしながら二人はしばしの間、どこを眺めるでもなく、ぼうっとしていた。しばらくそのままでいると、不意に風が凪いだ。文香が口を開く。
「あのさ、もう気にすること無いのよ」
「え?」
 隼人が文香を見る。文香は空を見上げていた。
「さっきのこと。あんたはよく我慢したわ。それにね、嬉しかったのよ」
「嬉しかった?」
「ええ」
 空を見上げていた瞳が隼人に向く。遠い空を見ていた瞳がそのまま隼人に向いたようで、一瞬、その目に飲み込まれそうになった。
「私達のこと。東文芸部のことを隼人は“家族だ”って言ってくれたもの。あんたにしては普通なのかもしれない。でも、やっぱり、あんたの“家族”の一員としてはあれほど気持ちいい言葉はないし、嬉しい言葉も無い。ありがとう」
「ははは。聞いてたんだ」
「あんなに大声なんだもの。当たり前じゃない」
「恥ずかしいな」
「そうかな」
 そこまで言うと、不意に黙ってしまう。口元は微かに微笑しているように見える文香だが、少しだけ違和感を覚えた。何が違うというわけではないが。何かが違う。嬉しいだけではない。文香がそう思っていることをそれは悟らせていた。
 文香はまた、海の方に視線を向ける。そしていきなり、文香が隼人の手に自分の手を重ねてきた。いきなりのことにビックリするものの、不思議と何か言いたい気持ちにはならない。たしかにドキドキしているのは自分でも分かる。でも、そんな下心めいた自分を文香には見せたくなかったのだ。
「でもね、これだけは約束して欲しいの」
「約束?」
「うん。決して、暴力を振っては駄目。それだけで隼人は隼人じゃなくなっちゃうもの。そんなことでその力は使って欲しくないのよ。その力は、あくまでも、隼人のあの、素晴らしい物語を書くことに使って欲しいから。分かるよね?」
「うん。分かった。ありがとうな、心配してくれて」
「ううん。幼馴染として、当然の義務を行っただけだわ」
 そう言うと文香は静かに重ねた手を離す。少しだけ名残惜しそうに。また、二人の間に微妙な沈黙が流れた。
 隼人は考えていた。
 自分の力の使いどころ。
 さっきは本当に危なかった。文香が止めてくれなければ、直接的な暴力で無いにしろ、何かしらの意味での暴力にはなっていたはずだった。自分では自分のことを冷静な奴と判断していたが、どうやらその認識を改めないといけないらしい。
 そして、この不安定な力を。不安定な感情を、文香は作品を書くことに使って欲しいと言った。作家冥利尽きると言うものだ。今度からはそういう方向に自分の感情をコントロール出来たなら、それはどれだけ素晴らしいことだろうと思う。
 隼人はそこで一つの疑問にたどり着く。そしてボソッと呟いた。
「物語を書くって、どういうことなんだろうな……」
 すっかり凪いでしまった海岸線には、今、文香と隼人の二人しかいない。なんとなく独り言を呟くようにして言ったつもりのその声は、案外響いてしまった。出来ることなら、さざなみの音で消えてしまえばいいと思っていたのに。
「難しい議題ね」
 文香は律儀に考え出す。そして、すぐに海を見つめ始めると、ぼそりと言った。
「そういうことはあまりよく分からない。でもね、小説とは、自分を映し出す鏡、よね」
「ふ~ん」
 その言葉は、なぜだか隼人の心の隙間に入ってきてならない。それほど文香の言葉は重く、深いものだと思った。
「難しいね」
 言葉を噛み締めながら、隼人は言った。
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