オンライン小説ブログ~青春文芸部~

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「長編『文芸部ウォーズ』」
第一章 まずは出会いに感謝を。


4

2010.03.26  *Edit 



 何とか二人の喧嘩の仲裁をしながら学校に着く事が出来た。
 隼人は自席に座ると同時に大きな、それはまるで、何十年かのストレスを一気に吐き出すようなため息をついた。
「はぁあああああぁぁぁ」
 周りに居た何人かの生徒は何事かと驚いて隼人を見る。そして、
「よっ」
 背中を叩かれた。誰が叩いたのかは言うまでもあるまい。
「健一か、おはよ」
 何か生気の抜けたような目で、隼人は健一を見た。隼人は眉間にシワを寄せていぶかしんだ。
「何よ、また何かあったわけ?」
「そういうこと」
 隼人はまた、大きくため息をつくと、机に突っ伏した。
 まぁ何が原因かは分かるだろう。原因といえばそれは、朝の出来事の延長線と考えてくれればいい。つまりは、茜と文香に関するものだ。
 あれは、玄関を出て直ぐの事。

 三人はいつものように通学路となっている、住宅街の一角を歩いていた。住宅街といっても、ここはもはや海しかとりえの無いような町であるから、どちらかというと、この町じゃ住宅街な方、と言った方が正しいだろう。
 ちなみに、歩いているときの三人の構図とは、向かって真ん中に隼人、右に半分以上抱きついている感じで、茜。左にちょっとだけ、隼人の服を摘むようにして歩いているのが文香である。
「ちょっと」
 茜が、文香をじっと見た。何やら文句を言いたげな、明らかに不満たっぷりの顔である。
「何かしら?」
 文香はポーカーフェイスに決めて、微かに微笑して、茜の悪意をさらりと受け流した。少しだけ、摘んでいる指の力を強めてみる。
「何、じゃないでしょ? 何で、文ちゃんが、こんなにお義兄ちゃんにくっ付いているのよ!」
「あら、悪い?」
「悪いわよ!」
「まあまあ」
 隼人がなだめようとするも、二人の威圧的な目で見られて、即あきらめた。この中では一番関係もありそうなものだが……男の立場はいつでも狭いのだった。
 そんなしょぼくれている男一人をよそに、二人の戦いはまた、勃発した。
「私はお義兄ちゃんの義妹だからいいのよ。こんなにお義兄ちゃんに抱きつけるのは、義妹である、私だけなんだからね」
「確かにねぇ。で・も、私は目の前で繰り広げられる、不純異性交遊――もとい、近親相姦にでもなりそうな、この状況を止める義務はあるはずよ? あくまで、同年代の幼馴染として、ね」
 文香は“幼馴染”の部分を思いっきり強調させてから、勝ち誇ったように言う。これが、幼馴染と義妹の違いよ、というような視線をぶつけながら、双方は睨み合った。
 隼人は見ているだけしか出来ないことにいい加減疲れ始めている。どうしてこんなにも仲が悪いのか。これが当初からの隼人の悩みであることは、言うまでもあるまい。こんな不仲? なのだろうか、普段はどちらかというと仲がいいほうだったはずだった、それが、何かのきっかけでいきなり、こんな状況になったのは、おそらく、最初に会ってから、しばらくしてだから、二ヶ月かそこらだったと思う。
 確かに二人の間で何かあったことは知っている。それは一応隼人にも聞かされていることだからだ。だがしかし、その肝心な、何があったのかは知らされていない。そこを教えて、と一回茜に頼んだこともあった。茜が隼人に対してはブラコンという自負が一応はしていたので、そこに付け込む形の卑怯な形ではあったが、二人があんまり、楽しそうに秘密を話しているのを見たことがあって、どうしても知りたくなってしまったのだった。
 茜はもちろん、自分のツボを突いて来るような、隼人のおねだりに、身を悶えていた。
 頭を抑えて「お義兄ちゃん、可愛い過ぎるよ~」と。しかし、何回も折角の義兄の頼みに答えようとする口を押さえつつも、辛うじて「これは二人だけの秘密だから」と言ったのだった。今思えば、あれが茜のいわゆる“禁断症状”の一つである気がしないでも無いが、今でもそれは謎の一つだ。考えてみれば、茜と隼人が仲良くなって、あれが最初で最後の秘密ごとだったと思う。基本、茜の頭の中では“お義兄ちゃんに嘘を付く=死”と言った様な構図が出来ているらしいから、秘密などあったためしも無い。逆に「私のこと、もっと分かって~」と迫られたことはあったが、それはまた、別の話。
 まぁとにかく、それくらいの時期から、二人は、何かのきっかけで、こうやって喧嘩をするようになった。
 これがもはや、この二人の完成系なのだろうと思いつつも、朝からこれでは、やはり疲れてしまうと言うもの。それに、この状況は約三年くらいは続いているのだが、慣れるどころか、余計に精神は萎縮してしまうばかりだった。

 とまぁ、そんなこんなで、二人の板ばさみに遭いながら、登校をした今日。これが、隼人のため息の真意であるのだが。
 それを話した途端、健一は机を思いっきり叩いた。そして、
「羨ましすぎる!」
 と健一他、この話を耳にしていた男子が大声を上げて迫ってきた。
「そんなに羨ましい事が繰り広げられていたなんて!」
「不知火さんの裏顔ってやつかよ! そんなの、お前しか見たこと無いって!」
「あのクールビューティーと小動物系がぁ~」
 と、こんな感じで迫られる。
「ああ、もう勘弁してぇぇぇぇ」
 隼人は悲痛な叫びを上げていた。その時だ。
「君たち、もう止さないか」
 男の山を縫うように、一人の秀才っぽい出で立ちの、男子生徒が歩み寄ってきた。そして、前に立つと、男子生徒は普通の人がやるとキザに見える、メガネをクイっとあげる仕草をする。なぜだろう、この男がやると、その一見キザな行為は、全然キザに見えないのは。
「部長!」
 隼人は天の助けとばかりに、自身が部長と呼んだ男に、すがり付く。
「この隼人君には用があってね、借りていくぞ」
 男子生徒はそう言うと、ツカツカと優雅に、教室を後にした。
 その後の廊下にて。
「で、君はあそこで何をしていたんだ?」
 男子生徒は、ため息交じりの視線を隼人に向けた。
 隼人とはとりあえず、今朝の経緯と、学校での暴動のことを言ってみた。男子生徒は、聞き終えると一際大きなため息をつく。
「君さ、もうちょっとそこらへん、気にしたほうがいいぞ」
「そこらへん、と言うと?」
 男子生徒は人差し指を立てた。説明のポーズである。
「まず第一に、この学校には秘密裏の女子生徒、男子生徒の人気別ランキングが存在することは知っているか?」
「いえ、知りませんけど」
「うむ、まぁここはそう言う物がある、と言う事だけを理解してくれていれば結構だよ」
 それでだ、と。
「その上位には、君の義妹の茜君や幼馴染の文香君がいるわけだ。そんな人気者が、お前と一つ屋根の下で住んでいたり、ヤキモチを妬かれているのだ、そりゃあ、男もジェラシーに燃えるというものだろう? 少しはそこらへん、察してやれ」
「はぁ――ということは、部長もですか!」
 理由が分かって、ひとまず安堵するが、隼人は一変して、ショックを受けた顔で隼人を見る。今まで、尊敬していた人が、そんな俗物だったなんて、といったような顔である。
 今更ながら説明しておくと、この男の名前は加藤秀治。隼人たちとはクラスも一緒で、席はどちらかというと、前のほう。見た目的には、そうだな、知的な、メガネ男を想像してもらえればいいお思う。何も見た目だけというわけでもない。この男、この学校で、毎月行われる“実力テスト”では常に二位。一位は、この男とも因縁深い人物であるが、それはまた別の話だ。
 続きだが、ルックスは中の上と言った所か。普通に女子に告白されていたりいる所を目撃したことがある。そして、スポーツは普通にそつなくこなせる程度。別に万能と言うわけでもない。そして、気づいていると思うが、隼人は基本、同年代で敬語を使うのは、この人物だけである。それはなぜかと言うと、この男の役職というかにあった。実は、この男は隼人と同じ部活に所属している。その部活とは『東文芸部』。なぜ東なのかは後で説明するとして、秀治は東文芸部(皆は訳して“東”と呼んでいる)の部長を務めているのだ。そして、得意なジャンルは『推理もの』『伝奇もの』の二つである。元からこういうものは頭がよくて、なおかつ、言葉のボキャブラリィが豊富で、柔軟な発想をすることが、求められる。そう言ったことから、隼人は一小説作家として、秀治を尊敬しているのだ。まぁ自分が出来ないものに憧れるのは、人の常というわけでもあるが。
話を戻そう。
 秀治は、今日初めて、嫌そうな表情を顔一杯に作ってみせる。
「何を戯言を! 俺はそういうのに興味は無いのだよ。考えるだけでもおぞましい。隼人君、君は俺が、女と酒池肉林、とまでも行かなくとも、女とイチャイチャしているところなんぞ、考えられるか?」
「いえいえ、滅相も無い」
 隼人は、自分の部長のイメージが崩れていないことに心底安心しつつ、笑顔でそれを否定した。何やら満面の笑みである。隼人にとっての秀治のイメージ崩壊とは、つまり、隼人自身のアイデンティティーの崩壊にも繋がりかねないのだ。
 その時、
「じゃあ何? 男には興味があるって言うわけぇぇ?」
 後ろからとてつもない大きな声が聞こえたかと思って、後ろを振り向けば、今すぐ人を殺しかねない表情で仁王立ちしている茜の姿が見えた。
 茜は、こちらが気づいたのを見計らって、大股でズンズンと歩みを進めてくる。顔が恐い。しかも、随分と大股で歩いているせいで、スカートの中身が見えそうにヒラヒラとしているのだった。それを見て、鼻を伸ばしているほかの男子生徒を隼人は思いっきり睨んだ。すぐさま、相手は逃げていく。学校でもやっぱりブラコンとシスコンあたりの関係は明解にばれているらしかった。
「ねぇ、部長……じゃなくて、加藤君!」
 そして、近づいてきたかと思うと、秀治の胸倉をいきなり掴んで持ち上げた。秀治はどちらかというと、小柄なほうで、体重も軽いほうではあるが、それでも五十キロ程度。とてもじゃないが、小柄な“女の子”のイメージがある、茜が持ち上げられる重さではあるまい。こういうときの力は、本人曰く「お義兄ちゃんを守るときだけ発揮されるのよ」らしいが。
「ねぇ、加藤君……じゃなくて、ヒョロヒョロメガネ君? ついに、私のお義兄ちゃんに手をつける気?」
「別に。というか、茜君、さっきからわざと間違えているだろう」
「あーら、やおい野郎にくれてやる名前なんて無くてよ?」
「だから――」
「だまらっしゃい!」
 茜は秀治を廊下の壁に押し付ける。秀治は一回苦悶の表情を浮かべたかと思うと、メガネを思わず、落とす。そこで初めて狼狽を浮かべたかと思うと、茜を振りほどいて、それを取ろうとした。
「なぁ、やめろよ、茜!」
 隼人は必死に茜の暴動を止めようとするも、哀しいかな、こうなった茜を止めうる術を持ち合わせていなかった。
 茜はメガネを取ろうとする秀治の前に立ちはだかると、メガネを拾い上げ、秀治を見下す。その目は明らかに般若のそれであった。隼人は情けないことながらその光景を見ていることしか出来なかった。相手は世界一愛おしい義妹と世界一尊敬できる部長である。隼人にどちらか一方を選べと言うのか。それは隼人にとっての最大の壁であった。
 いつの間にか廊下は騒然としている。
 携帯のカメラでこちらを撮っている者やただの野次馬、それに先生までもが駆けつけてくる事態に陥っていた。秀治は一回だけため息をつくと、すっと茜の目を見つめた。
「な、何よ」
「一つ、提案がある」
「え?」
 茜は突然のことについていけていなかった。それはいきなり発言であるからだ。先ほどまでは不気味なまでの無口を決め込んでいた秀治がいきなり口を開いたと思ったらその内容はよりにもよって提案である。疑問を通り越して不気味に感じたのは茜一人ではないはずだ。
「まずは、これを見ろ」
 秀治は茜にだけ見えるように、手元を広げた。そして、それを見て、茜は絶句する。いや、茜はなぜだか鼻血を噴出しそうになっていた。必死で鼻を押さえている。顔は見る見るうちに紅潮し、穴と言う穴から湯気が出ているようだった。
 その後に、茜は正気を取り戻したかと思うと、秀治に耳元で周りを気にしながら話し始めた。
「これは、どういうことよ」
「どうもこうも、これはな」
「これは?」
 茜は懸命に周りには聞こえないようにコソコソ声を気にしながら会話を続ける。それほど茜の中で先の事が衝撃的だったに違いなかった。実際、茜は表面上こそ冷静に耳打ちをしているように取り繕っているが、頭の中は常にスクランブルサインが出まくっていた。とっくに表示はレッドゾーンだ。めくるめく妄想が頭の中を占拠し、ジャックしようとしていた。それを懸命に理性を総動員させて止めにかかる。
「これはな、盗撮写真だ」
「と、盗撮ですって!」
 その瞬間、辛うじて保っていた理性のヒューズが飛びそうになった。なんどその禁止ワードは。と思いっきりツッコんでいる最中である。
「しっ、声がでかいぞ馬鹿者」
「ご、ごめんなさい」
 焦って茜は口を押さえた。茜の盗撮だったらまだいい。いや、決して良くはないのだが、愛おしい義兄にその毒牙が向けられるのなら、服の一枚や二枚脱いでやる覚悟が茜にはあるのだ。しかし、何を差し引いてもこれはいただけない事態だった。
「なんでこんなものを」
 茜達はまたコソコソ話を再開させる。
「いやな、あいつにもファンは居るもので。それで頼まれたのだ」
「加藤君は頼まれたらそういうことやるわけ?!」
「ああ、なんと今ならおまけをつけると言ってな、一枚五百円だ」
「馬鹿じゃないの? もう、本当にさ、やめて欲しいわ、んでそれは本物で本体なわけ?」
「まぁな」
「じゃあそれは全て買い取ります。いくらかしら?」
「茜君は友情価格だ。これ全部で千円でいいぞ」
「安いじゃない。それではもらおうかしら」
 ニヤリ。二人とも最初の喧嘩らしきものは何処かに吹っ飛び、昔の悪代官みたいな顔をして笑っていた。
「毎度ありだ」
 秀治はニヤリと笑うとさりげなく自分のメガネを拾い上げた。崩れた襟元を直すと、
「では、後でな」
 と喧騒の中に消えていった。しかし、どうも釈然としない。あれだけ争っていた二人だ。あの会話でどう仲直りが出来たのだろうか。まぁ、結果的には仲直りも出来たのだしよしとするべきところなのだろうが……。
 隼人は茜の肩を叩いた。
 茜はこちらを向くと、目を見開き、これ以上ないくらいに無い位慌てて手に持っているものを後ろに隠す。顔は引きつっていて可愛い顔が台無しだった。
「ど、どうしたのお義兄ちゃん」
「いや、な。さっき話してた内容が気になって」
「どどどどど、どうしてよ? 普通に話してただけなんだよ、絶対そうだよ?」
「何で最後が疑問系なんだ。それにその部長と話してたことが俺にも関係している気がしてならないんだ。なんというか、俺の危険レーダーにビンビン反応してたぞ」
 隼人がジト目で見ると、茜は小声で、何でこういうときは敏感なのよ、と愚痴をこぼして、またいつもの笑顔に戻る。
「なんでも無いって! 本当に!」
 茜は必死に何かを隠そうとしてた。それを見ようと隼人は頑張るが、やはり一歩のところで届かない。そんなときだ。
「へぇえ。茜ちゃん、とうとうこういうものにも手を出してきたのね」
 その声は茜の後ろから聞こえてきた。瞬間、茜は体を硬直させて、ぎりぎりと壊れたゼンマイ人形のように後ろを向いた。そこには、いつもの学校モードの文香が立っていた。その目は心なしか、いつものよりも冷たい気がするが、まぁ今は気にしない事にする。
「とりあえずあんたたち、これは、見世物じゃないんだけど?」
 文香がこちらに来る前に野次馬に言い放った。普通の人に言われたなら、逆に反感を買う言葉だろうが、文香が言うのはわけが違う。言い知れぬプレッシャーと、芯まで冷え切るようなその目で見つめられた野次馬は、一斉に顔を青くしたかと思うと、一目散に逃げていった。
 そして茜の背後に回ったかと思うと、茜の手から何やら引っ手繰った。
「ああ!」
 茜は焦って取り返そうとするが取り返せない。ちなみに文香は女子の中でも背がかなり高いほうだった。
「返してよ~」
「嫌よ」
 文香はすました顔で言い放つと、そのまま隼人に茜から引っ手繰ったものを見せてきた。
「あんまり、茜を苛めないでくれよなって、なんだこれ?」
「見れば分かるでしょ? これが何で、ここがどこなんだか」
「ああ。これってプールの更衣室で、これ、誰だ?」
「あんたよ」
「マジで!」
 隼人は文香に言われて、やっと事の重大さに気づいたようだった。恐る恐ると言った感じで茜のほうを見た。
 隼人としてはなんとも複雑怪奇な心境ではあった。これはいわゆる“盗撮”と言う奴で、しかもこれは学校の中で、そして写っているのが隼人自身なのだ。しかもそれを最愛の義妹が持っているとなれば、義兄としてはかなり、複雑だろう。
 にしても、わからない。なぜ茜がこういうものを持っているのか。なぜと聞かれたらチャンスは先ほどの秀治との会話に含まれているのだろうが。
茜は子犬のようなうるうるとした目で隼人を見つめていた。その目は「お義兄ちゃ~ん」と隼人に甘えていると時の目に違いない。
「ごめんね、お義兄ちゃん。私、加藤君からこんなもの貰っちゃって、軽蔑したよね?」
「そんなこと無いよ、でもな茜、一つだけ聞いていいか?」
「うん」
 茜はこくっと頷いた。
「何でこんなものを貰ったのか、その理由を教えて欲しいんだ」
「それは、その……」
 今まで素直にすぐ返事を返してきていた茜の答えがいきなり詰まる。ここから先はとても言いにくい話題なのだろう。本来ならここで隼人は「言いたくないなら」と言っていたはずだ。しかし、今回は違う。少々心苦しいが、これも茜の為だ。本当のことを話すように諭さないといけないのだから。
「言いにくいのはわかるよ? でもね、ここで悪いことをやって、理由を言えないようじゃ、茜が将来困るだろう。お義兄ちゃんの言うこと分かるよな? だから、さあ、言ってご覧」
 隼人がそこまで優しい口調で言うと、茜が隼人を見つめたまま数秒だけ硬直した。次第に茜の目は水の膜が覆っていく。
「ごめんなさ~い」
 そしていきなり、隼人に抱きつくと、泣き出した。きっちりと両手を隼人の最後に回して、ものすごい勢いで泣く。その姿に誰もが同情を禁じえないだろうと言う光景だった。そして何より、このポジションは頂けない。なぜかと言うと、このポジション、比較的発達している茜の胸が存分に押し付けられる形だからである。
 義兄とは言え、隼人も男。これはうれしいが困った状況なのだった。
「私、ね。お義兄ちゃんのこと大好きだから、だからね、いけないって分かってて、あんな写真買っちゃったの」
「何、俺のことが大好きだから、なのか?」
「うん。それ以外の理由なんか無いもん」
「そうか」
 隼人は茜を静かに抱き締め返すと眼をつむる。そして次の瞬間。
「なら、大丈夫だ!」
「へ?」
 文香がその答えを聞いて盛大にこける。確かにそうだろう。あんまりにも支離滅裂すぎる。茜の気持ちは同じなのだろう。疑問符だらけの顔で隼人を見つめていた。
「お義兄ちゃん……」
 しかしそれはすぐさま羨望のまなざしに変わって隼人を見つめた。心のどこまで広い人なのだろう。と言った感情を抱いているに違いない。
隼人は茜を見つめ返して、白い歯を見せて湘南の爽やかボーイばりに笑うと、頭を撫でてやる。
「お義兄ちゃんが好きでやったならしょうがないよな! 俺だって可愛い茜の写真だったら、いくらでも買っちゃうモンな!」
「だよね! やっぱり茜のお義兄ちゃんはちゃんとお義兄ちゃんだよ! もう、だ~いすき!」
「俺もだぞ!」
 ワハハウフフと二人は笑いあいながら抱きついている。つい先ほどまでは展開されていたシリアスな空気は一体何処へ消えてしまったのだろうか、文香は頭を抱えて頭痛をどうにかこらえていた。
「あんたたちねぇ」
 文香は頭を抱える。文香に最近悩みはあるか、と言われれば、まさにこの事を指す。文香が隼人たちと関係を持つようになって随分と長い年月になるが、その中でもこのブラコンとシスコンは別物に映えていた。文香が目を離すとすぐにイチャイチャ。当人たちは「これは兄弟に必要なコミュニケーションの一環」などと言っているが、はなから見ればただのイチャついている男女にしか見えない。そして、文香には今年中には叶えたい野望が二つあった。その一つが“このブラコンとシスコンをやめさせる”と言うことだった。
 しかし、しかしだ。なぜだろう。一向に上手くいく気がしない。この二人は離そうとすればするほどくっつくし、放っておいてもあれだ。いけないことをしているから叱るかと思えば褒めてるし。
 いい加減、むかっ腹に来ているところだった。だんだん、脳の中の大切な線が切れているのが分かる。一本、二本と、ほら。ドンドン切れている……。
「あ・ん・た・たち~」
 文香が息を思いっきり肺に溜め込んで吐き出そうとしたその時、
「相っ変わらずね、東文芸部」
 後ろからリノリウムの無機質な廊下に良く響き渡る声が聞こえた。その声はとても強く、そして繊細な声だった。叫ぼうとして拍子抜けした文香が一番に声の方角に振り向いた。そして、その表情は見る見るうちに険しくなっている。いつものポーカーフェイスなどは何処かに置き忘れてしまったかのように。そして、痛いほど拳を握り締めていた。
「西文芸部」
 文香がその一言を呟くと、続いてイチャついていた隼人と茜もまたそちらを振り向いていた。茜も文香同様に表情は険しくなる。一方、隼人はなぜだか、動揺を隠せない気持ちが表情にありありと出ていた。
「西文芸部じゃないの、何か用?」
 茜が一歩前進して“西文芸部”と言われた人と対峙する。それを軽々と相手は無視して、文香と隼人を睨むつけた。
「本当に、あんたたちは低レベルだわ。一回それを自覚したらどうなの? もうすぐ授業も始まるって言うのに。まぁ、稚拙な文章しか書けないあんたたちにはお似合いなのかな」
「なんですって?」
 もはや無表情の文香が静かに呟く。
「ユーモアの欠片も無い、物語じゃなくて、ただの文章しか書けない様なあんた達には言われたくないわね」
 文香の言葉に相手の表情も変わった。こめかみがぴくっと動いて、澄ましていた顔が怒りに染まっていった。
「なぁ、やめろって」
 隼人はこれから事態が悪化すると見て、止めに入ろうと、口を開くと、驚くくらい大声で相手は隼人に言った。
「う、裏切り者は、黙ってよ!」
 隼人はびくっと肩を鳴らして、後ずさる。相手の隼人を見るそれは、憎しみに満ちていたのだ。昔は、昔は、あんなことは無かったはずなのに。
「美鈴……」
「あんたなんかに、その名前を呼ばれたくないわ」
「でも」
「黙って!」
 美鈴はそれ以上話すことは無いと言う風に、そっぽを向くと、改めて文香を対峙するように見つめた。
「いっつも、私たち東文芸部を目の敵にしてきて、暇よねあんたたち」
「暇? ありえないわよ。今だって部報のプロット作成に取り掛かっているところよ。いつも雑談しかしてないような東とは違うわ」
「私たちだって……」
 二人がいつものように口げんかを始めようとしたときであった、いきなり大きな足音が聞こえたかと思うと、誰かが猛スピードで走ってくるではないか。隼人は黙って、その人物を見つめて、頭の中で誰かを照合する。そして思い当たった人物が一人。それは、
「なあ、なぁなあ! 石森先生だぞ!」
『何ですって!』
 文香と美鈴はハミングすると、先程の喧嘩はどこへやら。一目散に走り出した。隼人は「あ、ずりーぞ」と言ってそれを追いかける。茜も隼人を追いかけるように走り出した。全力疾走で廊下を走り、自分の教室へと戻っていく。隼人は自席に座ると、思いがけない登場人物で喧嘩が収まったことに安堵していた。
「今回はちょっと危なかったわね」
文香が下敷きで仰ぎながら喋りかけてくる。
「そうだ、な」
 隼人も少し、行き絶え絶えに相槌を打った。
ちなみに石森先生とは、説明すると、この学校の風紀担当の先生である。風紀委員はもちろんあるがそれとは別に先生も居て、主に活動するのは授業中。もしくは放課後。風紀委員が活動出来ない時間を活動時間としていた。仕事は専ら、サボっている奴らの指導で、何人か居る風紀先生の中でも際立って石森は厳しいと有名な先生だった。別名「ジェノサイダー石森」。この先生に“教育的指導”を受けさせられ、何人が塵となって言ったことか。て言うのは噂であるが。とにかく、隼人自身、石森をそんなに悪い先生と思っては居ないが、やはりビジュアル的に悪魔な顔をしている先生は恐い。
 ここで、先程の「東文芸部」と「西文芸部」のことを説明しておこうか。
 この学校にはなぜだか、文芸部が二つある。元は一つだったらしいが、「考え方の違いで……」とミュージシャンみたく二つに派生したらしいのだ。その因縁があってかあらずか、この二つはとことん仲が悪い。廊下で会えば罵詈雑言。外で会っても罵詈雑言の嵐である。とりあえず、部長である秀治はもちろん、茜や文香、その他東文芸部メンツはとにかく西文芸部が嫌いらしい。隼人はそんなことはない。どちらかと言えば、二つには仲良くして欲しいし、それによるスキル向上だって望んでいるくらいだ。それに対し、西文芸部も東と同じようなものだった。約一人を除いて、みんな東文芸部が嫌いらしい。入部前は親友クラスに仲のよかった人でも、一度違うそれぞれの文芸部に入ったら最後、親の敵みたいな関係になる。そこらへんはこの学校の七不思議に入っているくらいだ。それに関しては隼人自信、正直怨念のようなものを感じずには居られない。まぁそんなこんなで、二人があんなににらみ合う理由も分かっただろう。名称の事では、主に東文芸部が“東”。西文芸部は“西”と名称付けられている。この学校の生徒にはこの呼び方で全て通じるはずだ。そして疑問があると思う。東と西、何が違うのか。その答えとしてはぶっちゃけて言うと特に無い。あえて違うというのなら、それは性格的な問題だろう。
 二つは大まかにタイプを分けることが出来る。主に「感覚型」と「理論型」だ。東を前者、西を後者とする。でも、先も言ったように特に二つに差は無い。まぁ、分かれて入ったら親友でも親の敵のようになってしまうのは特徴といえるのだろうが、それはもう、超常現象の範疇だと思っているので除外したい。話を戻すと、現に秀治などは、得意なジャンルが「推理」「伝奇」である。この二つとも、現代、又は昔のことを理論的に考えなければならない。特に一般的に「推理モノ」を書くとしたら、それは計算力、思いつかないトリックを生み出す、矛盾の無い理論的な思考が必要になってこよう。仮に、超常現象で片付いてしまう推理物を書いたとして、それはもはやジャンルの壁を越え、ファンタジー化してしまう。それに反し、西文芸部にも感覚でしかかけないポエムや物語を書いている人だって見受けられた。そのことから、大まかなタイプは二つに分かれるが、差があるかといわれれば無いと答えるしかないのだった。これで大体の説明は終わりである。
 話を戻そう。
 三人がバテていると、先生が入ってきた。どうやら、一時間目は、世界史らしい。このバテ加減から見ても、一時間目から寝てしまいそうな勢いだった。
「はい、では授業を始めます!」
 先生の号令とともに、隼人はゆっくりとまぶたを閉じた。
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